生配信の可能性
その映像は、どこまで現実を映している可能性があるのか。
Uさんが教えてくれたのは、生配信だった。
動画サイト上で行われるそれは、リアルタイムで今を映す。
登録名「コーヒー畑ちゃんねる」という名称で、街中を散歩しながら喋り続けるその人は、さして人気はなく、こうした機会がなければおそらく見なかった。
しかし、今回訪れた先は明救市だった。
三人で仲良く大画面で見た。
しかし、映し出されたのは見慣れない風景だった。
「ここが明救市ですねえ、いや、言っちゃ悪いですが普通? まあ、どこにでもある地方都市ですよねぇ」
画面内の映像だから、というわけではなかった。
「たしかにこのアーケード街はすごいですけど、割と店にシャッター降りちゃってるし、え、ここから先はどこ行けばいいの? って感じです」
野原だった。
何も無い、ただ草木が寂しく生える場所を、その「コーヒー畑」という人は映し続けた。
「ここを何? 暴走車が走ることがあるぅ、って話を聞いて来たんですけど、いや、歩行者しかいないですよ、普通に平和ですよ、なにこの日常。いや、一般人いるんで周りあんま映せないですけど」
地面を主に映していた。
ただ隙を見て、ときおり周囲をぐるりと映すこともあった。
その際に見えたのは、断じて見慣れたアーケード街ではなかった。
茶色い地面の広がりばかりだ。何人かは平然とその中を歩いている。
「困るんですよねぇ、こう何も喋るネタがないと。あんまり喋るの得意な方じゃないんですよ。こっちとしては撮れ高のある、すんごいものを期待してるのに、見渡す限り普通っす」
生放送であり、コメントも打てる。
だが、視聴人数が一桁のためか、誰も異常を指摘しなかった。
どうしようかと新入りとアルバイトに相談する間に、興奮した声が聞こえた。
「お、おお! 車です、車! 本当に走ってる!」
画面内には、野原を移動する一台の車があった。
「うわ、わっ、本当だったんだ、暴走しろ暴走しろ! アクセル踏め! ほら!」
ゆるゆると、慎重な速度だった。
それこそ歩くのと変わらないほどだ。
「えー、なんだよ、つまんな」
その「コーヒー畑」の横を静かに通り過ぎた。
中の運転手の様子は確認できなかった。
墨を流したように真っ暗だ。
「いや、けど、本当にあるんですね、びっくりです。編集でスピード上げよっかな。あ、今のは聞かなかったことに」
コメント欄を見る。
やはり何の反応もなかった。
『こんにちは、はじめまして』
市職員は意を決してそう書き込んだ。
10秒ほどのラグの後、反応があった。
「あ、どうもどうも、初めての方ですよね、よければ見て行ってください」
声のトーンが上がった「コーヒー畑」に悪い気がしつつも指摘した。
『どうして野原を映しているのですか?』
次の反応まで、間があった。
「え、ええと? どういうことでしょう? 普通にアーケードを映してますよ?」
こちらからはそうは見えていないと指摘した。
おかしな車が横を通っただけだとも。
「え、ええ……」
明らかに疑っている風だったが、カメラはごそごそと不規則に動いた。
どうやら、スマホで確認をしているらしい。
「へ?」
おそらく、自分自身のライブ配信を確かめた。
「なに、これ、え?」
いたずら等ではないのかを訊いた。
「いやいやいや、違いますよ?! そこまでの技術とかないですし、なにこれ……?」
慌てた様子で周囲を見渡した。
カメラ内の映像は変わらない。
「ほんまもんの、オカルト? マジ?」
ただの野原を車が静かに移動し、何人かが歩いていた。
「きさらぎ駅とか、そういうやつ? でも普通に降りたし、うわすご、これ本当に本当じゃん!?」
歩いている中には、見過ごせない人もいた。
『すぐに駅へと戻り、明救市から出ることを薦めます』
そう書き込んだが、興奮した様子の「コーヒー畑」には伝わらなかった。
バズるとか登録者爆増などの言葉を吐いている。
『再度警告します、すぐに離れた方がいい。偽警察が、あなたを見つけたようです』
偽警察が無線機に向けて喋る様子が、一瞬だけだが映った。
「にせ、ニセって……?」
説明できる時間的余裕はなかった。
警察官の格好をしたものが、刻一刻と増えていることを伝えた。
どうやら「コーヒー畑」から直接は見えていないようだが、カメラ内にはそう映っている。
どうやらスマホ画面で確かめたらしく、「ひぃ!?」という悲鳴が上がった。
ゾンビの大群を思わせる増え方だった。
市役所からアーケード街まで、それなりの距離がある。
もはや間に合わないと思えたが、新入りは助けに行くと告げて走った。
アルバイトは視聴者人数を増やすべく、SNS上での拡散を始めた。
スマホに通信不調が起きた、生配信は変わらず見えていた。
「な、なんで?」
偽警察の数は増えた。
野原の中で広がらず、行儀よく整列しながら移動をしているのは、アーケード街内を歩いているからだ。
走ろうとした「コーヒー畑」が何かにぶつかった。
「ご、ごめんなさい、でも、ちょっと……」
歩行者と衝突した。
偽警察ではなかった。
だが、その人は、市職員からも見えた。
笑顔のまま、がっちりと腕をつかんだ。
「え、離し、離して!?」
振りほどこうとしてもできなかった。
「待てよ、なんで、なんもしてない! ちょ、どこつかんで、なに!?」
それは、偽警察の集団が到着するまでの時間を稼いだ。
大量の警察官が一人に群がっている。
客観的にはひどく目立つはずだ。
しかし、バイクで現場に到着した新入りは、そうした騒ぎを見つけることはできなかった。
先程過ぎ去った車が戻り、その中へと放り込まれた。
出ようとする足掻きは、数人がかりで抑え込まれた。
真っ暗な中、「コーヒー畑」の呼吸音だけがしばらく聞こえた。
『これは明らかな犯罪だ、映像は世界中に向けて映し出されている。言い逃れはできない』
警告としてそうコメントした。
『これは明救市外には放映されていない』
別のコメントが、即座にそう打ち込んだ。
車の外に、建物が見えた。
おそらくは警察署だ。
そうだとは思えなかった。
「なんだ、あれ……」
どう見ても異形の蜘蛛の巣だ。
折り重なった糸の集積だった。
「あ」
映像が途切れた。
生放送の記録は残されておらず、「コーヒー畑ちゃんねる」はいつの間にか閉鎖された。
現在まで、この生中継を見たという市民からの報告はない。




