大根とふとももの可能性
その食材には危険性がある。
「ああ、はい、すいません、こんなことを相談しちゃって」
Lさんは買い物帰りなのか、食材を片手に来た。
根菜類の間に、細長い懐中電灯らしきものがあった。
「ただ、その、とてもよく分からなくて来ました」
混乱した言葉を要約すると、奇妙な夢を見たのだという。
「私、よく買い物をするんですよ。毎日新鮮なもので料理したほうが嬉しいじゃないですか。最近、近所にスーパーができて、とてもよく行くんです」
言葉通りウキウキした様子だが、直後に顔を曇らせた。
「けれど、そのスーパーで、あ、売り場が二階にあるんですけれど、エレベーターを昇った先の青果売り場で、見かけちゃったんですよ」
何を見たのか訊いた。
「ふとももです」
もう一度訊いた。
「ですから、こう、ふとももが売られてたんです」
あくまでも夢の話である、という確認を取った。
「も、もちろんですよ!? 本当だったら大変じゃないですか!」
落ち着くよう伝えた。
「あ、いえ、とにかく。その夢の中で、小松菜や、おネギさんや、とても高くなってしまったキャベツのとなり、縦に並べられた大根の間に、ふとももがあったんです」
正確には大腿部だ。
足首やふくろはぎに当たる部分はなく、ふとももと呼ばれる部分だけが縦に置かれていた。
「切られたところから血が滲んでいて、隣の大根の皮についていて、これを買うのちょっと嫌だけど、厚く皮を剥けば大丈夫かなぁ、って悩みました」
店員に伝えるという考えは浮かばなかった。
「私、気づけばそのふともも、カゴに入れてました」
夢の中特有の曖昧な気分でそれを行った。
「大根1本分の値段で、これだけの量のお肉が買えるならお得だなぁとか、そんなことを思った気がします」
Lさんは罪を告白するかのように言った。
その後も、夕食の献立を考えながら買い物を続けた。
「途中で他の方の買い物カゴを見たんですけど、あのふとももを買っている人はいませんでした」
こんなにお得なのに、とLさんは首を傾げた。
どれほどの量かはわからないが、ずっしり重い。
本日の目玉商品にしてもいいくらいだ。
「ひょっとしたらこれ、買ったらいけないものだったんじゃないかな、って思って、ビクビクしながら会計しました」
テンポよくバーコードで読み取っていた店員は、ふとももを手に確かめ、怪訝そうな顔をした。
Lさんは頭を下げて謝罪する心の準備を整えた。
だが店員は、当たり前の顔でふともも裏に張られたバーコードを読み取り、隣のカゴへと移した。
「お会計の値段は憶えていません、けど、とっても安く済んでラッキー、って思いました……」
繰り返すが、夢の中での話だ。
マイバックに詰め込み、慣れた道を歩いた。
「これ、はじめて料理するけど大丈夫かなぁ、圧力鍋とか必要? そう思いながら歩いていて、あれ? と思いました」
ひょっとして、人肉とは食べてはいけないものではなかったか。
ようやくそう気がついた。
「けれど、普通に売られているものだから、普通に食べていいはずで……」
立ち止まり思い悩む内に、目を覚ました。
「……起きた後、我ながら馬鹿だなぁ、って思ったんです。なんで気が付かなかったんでしょう。お得とか、そういう問題じゃありません」
嫌な気分になりながらも、いつもの作業を終え、買い物に向かった。
「少し不思議な気分でした」
道の様子が、夢で見たそのままだった。
「もちろん、建物とか空気感とか、冬の寒さとか、そういったものが夢と重なるのは分かるんですよ? けれど、すれ違う人の姿や格好まで、夢のままでした」
細かいことまでは憶えていない。
だが、これほど寒いにも関わらず半袖で走る子供や、欲しかったコートを着た人のことは憶えていた。
「夢を全部なぞり直すみたいに、スーパーへ行きました」
エレベーターを昇った先の青果売り場を、こわごわと見た。
「ふとももは、ありませんでした」
当然だ。
「けれど、同じ形をした大根は、あったんです」
Lさんはまじまじとそれを確かめた。
形状はそのままだった、バーコードが貼られている位置も共通していた。
拭き忘れたのか、水が周囲の大根に付着していた、その濡れた形ですらも記憶通りだ。
「どうしよう、と思ったんです」
こんな気色の悪いものは手放すべきだ。
「けれど、もしこれを他の人が買ったら、とも思ったんです」
ただの大根だ、そのはずだ。
だが万が一、違っていたら?
「これを、他の人に買わせちゃいけない、って」
購入後、キッチンペーパーで巻き、袋も別にした。
そのまま早足で対処課へと向かう途中で何度も「大根」を確かめた。
白く太い根菜は、形を変えることはなかった。
「これ、なんです」
机の上へと置いた。
やけに重い音がした。
「大丈夫ですよね? これって、ただの、夢の話ですよね?」
市職員からは、なんの変哲もない大根に見えた。
新入りとアルバイトを呼び、確認させた。
二人の顔色を見た後、Lさんには協力感謝の旨を言い、料理前によく手を洗い、シャワーで良いから体を洗い、服も着替えるよう伝えた。
そうして、該当のスーパーへ向かい、他に異常がないかを確かめた。
二人が見た所、Lさんが持ち運んだそれは、陶器か石で作成されたふとももだった。断面からは血が滲んでいた。
偽物であり、殺人事件などではない。
血の成分がわからないため、Lさんには清掃を薦めたが、それ以上の害はないだろう。
店内を調べたものの、偽食材は他になかった。
定期的に点検することを店には伝えた。
この先、再び紛れ込む可能性がある。




