有料トイレの可能性
その美容法は、安全ではない可能性がある。
妙求市北西にある間境にて近頃、話題になっている場所がある。
間境公園に新しく設置された公衆トイレだ。
男女兼用であり、内部を広く造られている。
外には監視カメラが取り付けられ、公園自体の安全を担保している。
またこれは有料トイレでもある。
自販機にて百円玉で専用のコインを購入し、ドア付近に設置された投入口へ入れて、ようやく使用できる。
一般に、公衆トイレを有料とする理由は、需要に対しトイレの数が足りていないか、犯罪に使われるのを防ぐためだ。
トイレとは、プライバシーを最大限に配慮すべき空間であり、個室トイレに注射器が転がっていても防止が難しい。
需要過多と犯罪の温床化を、百円というコストによって低減する。
有料トイレとは、そのような対策だ。
もっとも妙求市では、どちらのパターンも当てはまらない。
間境公園の問題は、それらとは事情が異なる。
「すごかったですよ」
対処課新入りであるZさんは呆然と言った。
「すごくやばくて、使ったですが、すごかった……」
あまり要領を得ない発言をまとめると、有料トイレを使用以後、体調がとても良くなったとのことだ。
肌荒れ、髪のハリツヤ、体臭、肩こり、お通じ、果ては他者から認識されない状態までもが改善した。
ただの気のせいであり錯覚だと説得したが、強く否定された。
「間違いないです、見て!」
市職員からは判別できなかった。
ただ、ぐるぐると肩を回す様子はたしかに軽快ではある。
話の中でひとつ気になる点があった。
Zさんは、その有料トイレを使用するのに時間がかかった。
ふと気づけば一時間以上が経過していたそうだ。
「……ちょっとだけ眠った? 気がします」
気が遠くなる瞬間があったそうだ。
Zさん自身の認識としては、一回だけまばたきをしただけだった。
その後、やけに全身がすっきりとしていた。
「ああ、知っていますよ、今すごく話題になってます」
アルバイトであるUさんがSNSの画像を見せた。
公園に長蛇の列ができていた。
「奇跡の有料トイレということで、有名です」
値段は100円だ。嘘であっても損はない。
一度くらい試してみようという人は多いが、それ以上にリピーターが多かった。
画像の列に向けて「それ、私のォ!」と吠えるZさんの様子からすると間違いない。
有料トイレの使用時間は、朝六時から夜十時までだ。
過ぎると自動的にロックがかかる。ただし、ロック時であっても、中から開けることはできるようだ。
市職員は準備を行い、朝一番に並んだ。
無論、調査のためだ。
朝5時には到着したが、二人ほどもう既にいた。
時間通りに開き、六時半には使用できた。
Zさんのときに一時間かかったのを考えると、ずいぶん手際が良くなっている。
有料トイレ内は、いわゆるバリアフリートイレと呼ばれる形式だった。
引き戸形式のドアであり、手すりが多く、専用の流し台やシャワー、着替え用のチェンジングボードやベビーチェアが設置されている。
後ろには十人近くが並んでいたこともあり、手早く使用することにした。
腰掛けた体勢でしばらくいると、足先に激痛を覚えた。
レンガブロックを手にしていたためだ。
意識が途切れると同時に力が緩み、狙った通り、ブロックはつま先へと落ちた。
即座に立ち上がり、振り返れば、便座の奥から何かが這い出た。
それは白い糸くずのようにも、昆虫の足のようにも見えた。
トイレからだけではなく、洗面台や着替え台の下、天井からも出ていたが、市職員の動きを察知したのかすぐさま引っ込んだ。
何度か蹴ってみたが反応は無かった。
口元はハンカチで抑えた。
何らかのガスが出て眠らされたと予想したためだ。
最大限警戒したためか、再び眠気は訪れなかった。
ただ、隠れた異常なものを捕らえることもできなかった。
ドアを開け、対処課としてこの有料トイレの使用禁止を宣言した。
朝早くから並んでいた人々から、掛け値無しの殺意を浴びた。
後に調べたところ、この有料トイレは許可を取ったものではなかった。
公園内に建てられた違法建築物だ。
何の憂いもなく堂々と粛々と、取り壊すための手続きを行ったが、多数の妨害にあった。
男女関係なく、あの有料トイレにはヘビーユーザーがいた。
Zさんも妨害者の一人だ。
「害はないです、害はないんです、リスクは、本人が負う、違いますか?」
あれほど熱心なZさんの姿は、はじめてだ。
触手だか糸だかで体をいじられることはいいのかを訊いた。
異常なほどの体調の良さは、異常なものによる成果だ。
「……肩こり、なったことありますか?」
首を振った。
「一度完全に消えて、いままでどれだけコレに苦しめられたか、分かりました」
嵌っていた首輪がようやく取れたようだった、と表現した。
二度と嵌められるつもりはないという、決意と憎悪に溢れた目をしていた。
他には便秘はもちろん、一本だけ生えた白髪、リウマチなどの関節痛にも有効だった。
一度やれば軽減し、二度三度と繰り返せば効果はさらに高くなる。
美容と健康を求める人々は、一度は味わった解決を手放せなかった。
抗議活動は加熱し、デモにまで発展した。
「我々から公衆トイレを奪うな」と主張し、対処課へなだれ込んだ。
警備員は止めない、だって彼らも参加者だ。
市職員は敗北した。
対処を誤った。
結局あのトイレは、公営の美容サロンとして扱うこととなった。
公園が付属物として扱われる、メインは公衆トイレだ。
値段は一回一万円。
数多くの警告文を掲示し、異常な現象であると説明した。
客足は、それでもまったく途切れていない。




