鉢植えの可能性
妙求市北の高層住宅の最上階に住むPさんはガーデニングを趣味としている。
屋上を含めて園芸のために整えられたそこは、こころなしか空気も澄んでいる。
「おや、ありがとうね」
そのきっかけについて訊いた。
「本当に気づけばだねぇ。誰だって日々食べ、働き、休み、遊ぶものだろう? そうした欲求が、私は園芸に向けられたんだ。それだけの話さ」
広々とした屋内は、窓が多く取られ日差しが入り込む。
空調設備が整えられているのか、寒さは感じない。
「自然のままにと言いたいところだけれど、枯れてしまう子が多くてねぇ。こちらが手を貸すこともある。それでも、根を生やし、枝々を伸ばし、他を蹴落とし、生きる。その営みに、何ひとつとして違いはないものだよ」
植物を育てているというのに、弱肉強食の話のようだった。
「見方が違うだけさ。植物は植物なりに争い、必死だ。動物の縄張り争いとまるで変わらない。勝ったほうが日差しを浴び、負けたほうが日陰に追いやられる。ああ、けれど、それがまっとうなものである限り、争いは尊重するべきだと思うよ。生存を求める姿勢に嘘はない」
Pさんは言いながら立ち上がり、窓を開けた。
ここは最上階だ。
「私は、そうした意味では戦いにケチをつけているのかもしれないね。こうして、負けたほうを鉢植えに入れ替えて、陽光を浴びれる場所へと運んでいるのだから」
高層にあるためか、虫の類も少ない。
「植物は、二酸化炭素を吸い、酸素を吐き出す。我々との間に循環を形作る。けれど、そのうちに、これが上手には行かなくなるかもしれないという話は、知っているかい?」
首を振るとPさんは続けた。
「あまりに暑い環境下では、植物は光合成を止めるんだ。生き残るために植物としての呼吸をしなくなる」
ゆっくりと歩き、ひとつひとつの鉢植えを撫でていた。
「夜間、植物は酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出す。あまりに過酷な環境は、植物にとっての夜と同じだ」
適応している、と言いたいらしい。
「ああ、そうだ、そうだとも。人間にとって望まない行いかどうかなど、彼らにとっては知ったことじゃない。万物にとってフェアな戦いだ。だが――」
鉢植えの一つを、押した。
「そうじゃないものも、いる」
押した先の窓は開いていた。
鉢植えはそこへと落下した。
立ち上がる市職員を、Pさんは手で制した。
「人には当たらない」
そうした問題ではない。
「落としたあの鉢植えに、実体はない。君の言うところの消失物だ」
消失物という名称は口外した憶えがなかった。
「人の口には戸を立てられないものさ」
消失物はそれを認識できない人間にも接触可能だ。
ただの無差別殺人だ。
「憶えていないのかい? 通行禁止看板は、通過するものとそうではないものがあった。一定以上の速度があれば――おそらく時速二十キロ以上の速さがあれば、認識だけではなく実体としても透過する」
この建物の高さがあれば、落下速度は確実に越える。
落ちて割れた音は聞こえなかった。
それでも問題だ。
「君が今日ここに来たのは、これが理由だ。そうだろう?」
このフロアから、定期的に鉢植えを落とす様子が目撃されていた。
「仕方のない話さ、紛れ込むんだよ。フェアじゃない偽物が、いつの間にか」
その落下した鉢植えが致命傷となる人間がいる。
速度とは無関係に、消失物に接触可能な人が。
「ああ、そうだね。だが、それは他人から見えなくなった人間だ。誰も気にしやしない。違うかい?」
Pさんは、鉢植えに触れながら、穏やかに笑った。
……人から認識されなくなったものは、高層住宅地である句丹間には近づかない方がいい。
このような「間引き」を行う者は、Pさん以外にもいる可能性が高い。




