電波周波数帯の可能性
その状況は、ただの勘違いである可能性がある。
「やあ、久しぶりだね」
そう朗らかに笑うのは、いまだ放浪を続けるWさんだ。
「多少なりとも怪しいものは発見したけれど、いまだに目的のものは見つからないよ。欲するとむしろ得られないものなのかもしれないね」
市職員が帰宅途中ということもあるが、周囲に人影はなかった。
「妙求市内を中心に探していたのだけれど、ここはだんだんと変わっている。あまり偉そうに断言はできないけれど、徐々に変質しているんだ。具体的にはね、道行く人の数がずいぶん減った。前の半分くらいにはなっているんじゃないかな」
密かにWさんの家族へ連絡を取ろうとする動きは止められた。
「もちろん、たまたまだとも考えられる。そういう風潮があったって別に構いやしない。どうやらインフルエンザも流行っているようだし、無用に出かけない方が賢いのかもしれないね」
Wさんの身なりは旅人を思わせるものだ。
最低限の身なりで動きやすく、適度に草臥れている。
「だからね、調査してみることにしたんだよ」
言葉の意図がわからず訊いた。
「ん? だからね、人々が外にいないんだ、ちゃんと家の内にいるかを確認したんだよ」
方法を尋ねた。
「昔、今ほど乾燥機が普及する前であれば窓をみればいろいろ分かったそうだ。毎日こまめに洗濯する家であれば当然、洗濯物は外に干されている。そのマンションにどれほど人がいるか一目で分かる。けれど、今となっては高層階では外に干すこと自体が禁止だ。現代ではこの方法は使えない、調べなきゃいけないのものは別だ」
Wさんが取り出したのは、手のひら大の機械だった。
「電波測定機だよ。ああ、言っておくけれど別に盗聴なんてしていないよ。ただ、どれほど電波信号を出しているかが測定できる」
それで何がわかるのだろうか。
「おや、わからないかい? 簡単だよ。スマホであれパソコンであれゲームであれ、今や人が家にいる状況で電波を発さないことの方が珍しい。誰もが家にいるのであれば、きっとそこかしこから多くの電波を発しているに違いないんだ」
WIFIやスマホの通信などは、テレビ放送やラジオなどとは周波数帯が異なる。
特定周波数帯だけを調べたら、たしかにわかるのかもしれない。
「大半の場所では、電波的な量が多かった。個人的な満足のためだったけれど、どうやら一安心というところだよ。僕から見えていないだけで、ちゃんと人間はいるってね」
街中の大半はそうだった。
地図上に記せば、きっと高い数値が表記される。
「もちろん、山間部などの住居が少ない場所へと近づくほど低いよ? 人口密度と電波量はおおよそ比例関係にあると思う」
機器を片手に街中を歩き回った実感だそうだ。
「けれどね、妙な場所をいくつか見つけた」
その比例関係に当てはまらない地点だ。
「ひとつは陽爻神社だ。閑静な場所にあるからね、不思議ではないんだけれど、それにしても電波状況がゼロなのは異常だ」
それ以外にも佐比ビルやいくつかの住居地などで発見した。
「電波状況が一切ないスポットだ」
どれほど調べてみても、計器は反応しなかった。
「昔であればいざ知らず、都市部に住む人間は電波を発する生き物だと言っていい。言ってしまえば『死んだ』地点が、この市のそこかしこにあるんだ」
単純に機械の故障ではないかと訊いた。
「僕自身もそれは疑った。だから他メーカーのものも借りたんだけれどね、結果は同じだったよ」
もちろん、電気そのものが通ってる以上はすべてがゼロというわけではない。
だが、人が情報を得るため、あるいは発信するための周波数帯は沈黙していた。
「人がね、いない場所があるんだ、この妙求市では」
句丹間にあるタワーマンションもその一つだった。
1000人近くが住んでいるはずのそこも同様にゼロスポットだった。
「面白いだろう?」
すべてWさん個人の見解に過ぎないと伝えた。
勘違いや見間違いが入り込む余地が十分ある。
「これもかい?」
Wさんは周囲を示しながら言った。
「電波周波数帯的ゼロスポットは、固定されているものもあれば移動を続けているものもある。今はここだよ」
ポケットからスマホを取り出した。
当然、ホーム画面が映りニュースが表示された。
「不思議だね? いま君はスマホを操作した、外部とのやり取りを行った、けれど、いまだ計器は反応していないんだ」
壊れているに違いない。
「君が見ているそれ、本当の情報かい?」
当然だと返答しようとしたが、スマホから顔を上げてるとWさんの姿は消えていた。
人通りは、いつの間にか元に戻っていた。
どれほど探しても、後姿すら発見できなかった。
スマホ画面に写るニュースは、先程までのものとは異なっていた。
そのように見えた。
一体どれが本当の情報だったのか、分からない。




