ネイルの可能性
一部流血表現があります
ご注意ください
その美容は、あなたにしか見えていない可能性がある。
Aさんは妙求市北の間字供にあるネイルサロン『Narasura』に足繁く通っていた。
「……いいところなのよ」
しかし、最近では行くのを止めている。
「私は悪くないわよ、あの店が、あそこがとにかくヘンなのよ」
多くの窓を張り巡らせた店であり、道行く外からも内部を伺える。
「腕は確かよ、ええ」
ビル全体が美容関係で取り揃えられ、出てくる誰もが輝くようだった。
「どうせ私の錯覚だとか言うんでしょ」
そんなことはないと否定した。
「本当? 疑ってない? いえ、いいわ、とにかく、いい店なのよ」
何が引っかかっているのかを尋ねた。
「あなた、爪の手入れとかしてないわよね。もったいない。一度行ってみたら? 割と気分変わるわよ?」
引っかかっていることを尋ねた。
「会話する気あるのかしら……付け爪のハードジェルについても、きっと知らないわよね」
ソフトジェルネイルと違い、爪の長さを出しやすい、アセトンなどの薬品を使わない、一ヶ月近く長持ちする等といったメリットがあるが、最大の違いは自分自身で取り外せない点だ。
「……知ってるじゃない、けど、そうね、色の種類とか他にもあるけれど、そこが一番だわ」
ネイルサロンNarasuraにて、その付け爪を取ってもらった。
「その日、とても疲れていたの」
店員は手際よくネイルマシンを操った。
外すというよりも削る作業だ。
「これって頑丈だけれど付け替えが不便だとか、そんなことを口にした気がするけれど、確信はないわね」
半ば眠ったような状態ながらも、手を動かさないように意識した。
「一通り終わった後、これも剥がしますか、って店員が言ったわ」
Aさんの、生身の爪を指しての言葉だった。
「……ストレス溜まっていて、あまりいい状態じゃなかった。もともと巻き爪気味のこともあって、これを取り替えられるなら取り替えて欲しいとは、言った気がするわ……」
店員はわかりましたと頷いて、新しい器具を取り出した。
「手術で使うものが近いように見えたわ」
ステンレス製らしきそれらが並ぶのを呆然と見た。
「たぶん、夢だと思う」
器具に固定されたAさんの人差し指、その爪が剥がされた。
爪の下に初めて空気が触れた。
真っ赤な血管群がその下から覗いた。
痛みは無かった。
「きっと現実じゃない、そのはずなのよ」
店員は素早く変わりの爪を取り出し、ゲルをつけて接着させた。
膨れ上がろうとする血は抑えられ、血行の良さへと戻った。
「……剥がれて横へ置かれた爪を見て、どういう気分になればいいのか分からなかった」
それがAさん自身のものだとは思えなかった。
店員は剥がされた爪を素早く回収しながら、これはハードジェルよりも長持ちするし、とても便利なのだと言った。
「……その店員、私の、指を握って言うのよ」
人差し指の第一関節辺りだった。
「ついでに、ここまで変えてしまいましょうか? その方が、もっと便利ですよ、って」
本来は木を削るためのノミのようなものを、いつの間にか握っていた。
切っ先が、ライトを白く反射していた。
夢から覚めたような気分でAさんは慌てて断った。
店員は何事も無かったかのように器具をしまい、その後の施術を終えた。
いつもとまるで変わらない作業へと戻った。
その腕は変わらずたしかだった。
「見て」
Aさんは五本の指を見せつけた。
「人差し指の爪だけ、綺麗でしょ。どうしようもなく違いが出てるわ。ねえ、これ、どうすればいいの?」
市職員から見て、違いは分からなかった。
どれほど強弁されたところで、意見は変わらない。
「もう……けどひとつ、気になることがあるのよ」
心から不満そうにしながらもAさんは言った。
「ひょっとしたら、他も同じじゃないかしら」
ネイルサロン『Narasura』のあるビル全体が美容関係で取り揃えられており、出てくる誰もが輝くようだった。
どこも、腕はたしかだと評判だ。
「夢かもしれない、きっと現実じゃない。けど、もう行きたくはないわ」
Aさんは幾度も繰り返し、人差し指をさすりながらそう言った。




