暴力的な夢の可能性
その夢は、現実ではない。
Uさんが相談に来たのは特発性過眠症のためだった。
対処課は病院ではないため、相談はできないと伝えた。
「特発性という言葉の意味はわかるでしょうか」
否定するとUさんは、静かに答えた。
「特発性は、原因不明ということです。病院ではそう診断されました」
通常の治療では改善しないため、相談に来たのだという。
「それに、少し眠りが特殊なので」
理由を聞くとUさんは簡単に答えた。
「殴られるんです」
相談を打ち切るべきだった。
「ごく普通に会話をしていると、突然、前触れもなく相手の方が殴って来るんです。笑い合っている最中に拳で頬をぶん殴られます」
何事が起きたかと思うが、Uさんは数秒間だけ寝ており、今のは夢でしかなかったと気づく。
「現実と夢との境が分からないんです。流れるように暴力は振るわれます」
Uさんにとって、人間とは前触れもなく殴りかかってくる生物だった。
「ね。素敵ですよね」
その痛みは夢の中だけでとどまり、現実に影響を及ぼすことがない。
また、人によって違いがあるのだという。
「友達のSさんは、最初は遠慮がちなんですけど、遭うたびに威力の度合いが上がります」
最近は、罵倒まで付け加えてくれるようになったんですよ、と続けた。
「電車通学中に会った人ですが、ビニール袋で拳を巻いてから殴って来る人は、酷かったです」
殴った跡を確かめ、絶叫し、ビニールが壊れたじゃないか、どうしてくれるんだと被害者のように罵る。
「体育科目を教えてくれるMという教師は、ヘンでした」
どこからか取り出した針を自らの手に何本も刺してから、Uさん殴るのだという。
「ただ、涙を必死にこらえながら殴る姿は、ちょっとゾクゾクしましたね」
Uさんが見る「夢」にはそれぞれの個性が反映された。
「本当に危険な人の前では、眠らないようにしています」
住宅地でコンクリート塀を舐めるように見ていたサラリーマンの傍はすぐに通り過ぎた。
「Kって年下の友達がいますが、あっけらかんと殴ってくれるので助かります」
後腐れのない暴力だそうだ。
「ただ、その友達のHさんは、正直苦手です」
Hさんは、その殴られた跡をやさしく撫でる。
Uさんの目を見ながら、とても小さな声で、もっとして欲しい? と囁くのだという。
「Hさんに限らず、違う行動を取る人は苦手です」
外部で知り合ったというTという人は最悪だったという。
「私から見れば、定期的に叫ぶ人なんです。話の流れも脈略もなく」
いや、なんで俺がそんなことしなきゃなんねえの? そういうの止めてくんない? と騒ぐばかりで一向に殴ってくれなかった。
「ただ、その……」
非常に言いにくそうにUさんは言った。
「丙玲三丁目のYという家を通るときだけ、とても嫌な感じがします」
具体的に何かが起きたわけではない。
「……見られているんです。その家の中から。あそこは、駄目です。あの場所で寝てしまえば、素敵ではないことが起きます」
夢の中で殴られることすら肯定するUさんにとっても、忌避すべき対象のようだ。
Yさんの家についての対処には時間がかかるため、今はそこを通らないで欲しいと伝えた。
「いいえ、それはもういいんです。近づかなければいいだけですから。ただ、ひとつ頼みごとをしてもいいでしょうか」
頼みごと次第だと伝えると、Uさんは定期的に処理課に来ることを希望した。
Uさんは深く頭を下げた。
「お手伝いします、お邪魔は決してしません、どうか、どうかお願いします!」
Uさんは突発的に夢を見る。
その夢と現実との間に境はない。
外から見て、Uさんが夢を見ているかどうかはわからない。
「お願いします」
市職員が夢の中でUさんに何をしたのかを尋ねたが、Uさんは「ここにいさせてください」と頼むばかりだった。
頭を上げたUさんの視線は、粘ついていた。
「ここまで容赦のない人、いままでいなかったんです」
とても困る。
「あ、けど、変な人かどうか、妙なことが起きていないか、会うだけで私わかりますよ?」
Uさん夢は、対人診断として有用だった。
今までの話を聞く限り、大きく間違えた様子もない。
対処課にアルバイトが増えた。




