刺創の可能性
その痕跡は、見えていない可能性がある。
Oさんは妙求高校に通う学生だ。
その不審行動から、市役所内の対策室にて話を聞くこととなった。
「いや、悪かったぜ? たしかにこっちが悪かったけど、事情があるんだって」
開口一番、Oさんはそう言った。
「ほらほら見て? 俺の格好、すげー真面目でしょ。がんばって整えたんだぜ? その努力は認めてくんね?」
姿格好ではなく、その行動が問題視されているのだと伝えた。
「……やっぱり、だめ?」
近頃、Oさんは帰宅路とは異なる道を何往復もしていた。
両手を腰辺りに固定し、ナイフを構えながら。
「いやいやいや、違う、それは、違うって! ほら見て見て」
Oさんが机の上に置いたのは、肥後守と呼ばれる折り畳みナイフだ。
「ご利益あるかどうか知んないけど、陽爻神社で買ったやつでさ、ほら、ナイフ部分は出さないで折りたたんだままだったんだって。万が一にも関係ないやつに当たったらやべえでしょ?」
再度、不審行動が問題なのだとOさんに伝えた。
「あー、いや、ね?」
警察を始めとした司法が機能していないため、役所内に設置した簡易留置所に泊まってもらうことになると伝えると、Oさんは慌てた。
「それだよ! 警察が動いてくんないから困ってるんだって!」
事情を訪ねた。
「うちの学校に行く途中の両鐵あたりに変な男が出てるんだよ、なんだっけ、ぶつかりおじさん? それに似たやつ」
Oさんが言うには、学校帰りの生徒を狙ってぶつかってくるその男は、縦にも横にも体格が良く、非常に太っているのだという。
「太ってるって言ってもあれな、お相撲さんみたいなパワー系じゃなくて、単純にデブってるタイプ。そいつがぐふぐふ言いながらタックル仕掛けて来んだよ、気っ色悪いぃ」
しかしながら、対処課にその報告は来ていなかった。
他の市民の方々は、鏡の写りがおかしいというだけでも相談に来るというのに。
「……まあ、うん、メンツってもんがあるからだろ」
事情を訪ねた。
「そのぶつかり野郎、女を狙ってないんだよ。男の、それもかっこいい系の奴ばっかり狙って来てんの。いい男を見かけるたびに、ヨダレも垂らしながらドタドタ走って来るらしいぜ」
対処案件だ。
「……けど被害者が、いねえんだよ。そのぶつかり男、すり抜けるんだ。タックルされてもダメージにならねえ。どこの誰かわからねえどころか、人間かどうかもわからねえ奴なんだよ」
誰も被害に会っていないからこそ、どう相談すればいいかわからなかった。
「でもよ、普通にムカつかね? 幽霊だかなんだか知らねえけどよ、ダチが迷惑してんだよ、しかも、ぶつかって通過しながら変なこと言うんだよ」
また入れなかったと、残念そうに呟くのだという。
「たぶんさ、あの幽霊? 取り憑こうとしてんだよ。しかも人によって見えたり見えなかったりする。だから、被害に会ってる奴は、俺が知ってるのより絶対もっといる」
だからOさんは反撃することにした。
「なんかチャラチャラした奴が気に食わないらしくてさ、そういう格好してると被害に会ってなかった。だからわざわざ髪を黒く染めて制服も直して、幽霊に効きそうなナイフ持ってうろついたんだよ」
それがOさんの不審行動の理由だった。
「俺、ヒョロガリだろ。あんま言いたくねえけど、筋肉がそんなにねえ。ナイフが幽霊に効果あっても弾かれる。だからこう、ちゃんと構えて、当たり負けしないように、ってやってた」
Oさん本人としては真剣だった。
「あ、でも効果あったぜ? たぶん勘違いかもしんないけど、なんか歩いてる途中、妙な手応えがあって、倒れる音もした」
大きな何かが倒れたようだった。
だが、歩道に変化はなかった。
「なあ、頼むよ。警察にパクられるのは、まあ、最悪仕方ないって諦められるけど、役所に捕まって留置所に入ったって、こう、格好がつかないんだよ」
反省を促すためにも簡易留置所で一晩過ごしてもらう手続きを取る中、新入りが入室し、悲鳴を上げた。
新入りには、Oさんが血まみれに見えていた。
特に折り畳みナイフに、べったりと付着していた。
Oさんと新入りを伴い、急いで現場を確認した。
新入りが見たところ、引きずったような血の跡があった。
痕跡は途中で途切れていた。
途切れた地点が車道側であったことから、車による移動を行ったと思われる。
「え、俺、え……?」
混乱するOさんを新入りが慰めた。
病院各所に連絡したが、刺創の患者は訪れていなかった。
ぶつかり男については以後、報告を受けていない。
血まみれのナイフでうろつく学生については、対処済みであるため放置する。




