電線の可能性
その電線は、予兆である可能性がある。
Iさんは妙求第二中学に通う学生だ。
「たぶん、オレの気のせいだと思う」
Iさんは塾に通っているため、帰宅が遅くなることが多い。
その帰り道に、気になるものを見かけたのだという。
「電線なんだ」
住宅地である丙玲三丁目を通る際、自然と目に入る。
「なんとなく目の端で見ながら帰るんだけど、ある日、変だな、って思うことがあった」
電線の数が増えた。
「それこそ勘違いかもしれないって思うよな。オレは、そう思った。でも、たしかに二本しか電線がないとこが、三本に増えてたんだ」
数が少なくなった地点だったからこそ、記憶に残った。
「オレが気付かないうちに工事でもしたのかな、って思った。最近の技術はすげーな、って感じで」
次の日は四本だった。
「この辺から、なんか違うな、って思うようになった」
電柱の間を通る電線の数は増えた。
その地点だけではなく、他の箇所でも。
「夜空の見える場所? 広さ? 空間? そういうのが狭くなってんの」
都会の夜に星は少ない。
電線の数が徐々に増え、視界を遮る範囲が増えたのは、それでも分かった。
「オレさ、ちょっとだけ怖くなって、お願いだから一緒に帰って、って友達に頼んだ」
友人に、その変化は認識できなかった。
「写真で撮っても、みんな分からなかった」
これ以上相談すればストレスが原因の奇行として扱われる。Iさんはそう理解した。
「みんな小さなこと大騒ぎしすぎなんだよ。本当に大変なことは放置するくせに。けど、逆にやっぱりヘンだったって、確信した」
一緒に帰った友達は変化を理解しなかった。しかし、暗さを増した夜道に何度も壁に激突した。
写真を見せた相手も変化を把握しなかったが、彼らが言う電線の数は人によって違った。
「あとさ、電柱と電柱の間だけじゃなかった」
電線は各家に電気を届けるためのものだ。
通常、電気を送るためのものと、電気を電柱側へ戻すための二本が渡っている。
「気付いたときには、十本とか二十本くらい、家にかかってた」
夜空はさらに狭くなった。
「このヘンになると、もう本当に誰にも相談できなくなった」
Iさんだけが感じ取れる異変だった。
「だって、昼間に通るとそこ、普通なんだぜ? 電線すっかすかなの。わけが分からなかった」
夜の間だけ起きる現象だった。
「親に頼んで車で送ってもらおうかなって考えたんだけど、その……」
気になることがあったのだという。
「友達でもないし、学年も別なんだけど、Y先輩って人がいるんだ」
その家が、丙玲の住宅地にあった。
「Y先輩の家だけ、異様に電線の数が多かった」
Iさんの目から見ると、ほとんど洞窟の中だった。
「そこに行くときは、ひたすら怖かった」
ひどい圧迫感があった。
夜空はまるで見えない。
「気のせい、なんだよ、きっと気のせいだと思うんだよ……」
市職員が続きを促すと、やがてIさんは語りだした。
「……なんかが、電線の上にいるような気がした」
空一面を覆う電線が、たわむことがあった。
風のせいかと考えたが、その凹みは移動した。
「まるで、誰か歩いてるみたいだった」
ゆっくりとした移動は、Y家を目指した。
「考えたくないんだけど、想像しちゃうんだよ。誰かわかんないそいつが、まっくらな中を移動してんだ」
都会の夜はほとんど星も見えない。
電線は街灯の明かりを遮る。
深い暗闇となった空間を歩くものがいた。
「オレがビビって身動き取れない間、それはじれったくなる速さで移動して、Y先輩の家の上で止まった」
その瞬間、Y家の電気が一斉に消えた。
「停電、じゃなかったと思う。他の家の電気はついてた。たまたまブレーカーが落ちたとか、そういうのだって思おうとした」
Iさんは急いでY家のインターホンを押した。
電気がついていないためか、反応しなかった。
ノックをした。
返事はなかった。
何度行っても変わらなかった。
「それ以上、オレにはどうしようもなかった」
警察への連絡はできなかった。
客観的に見れば電気が消えただけだ。
対処課に急いで相談に来た理由だった。
「……ここに来る途中、もう日が暮れてたのに電線の数は変わってなかった。昼間とおんなじになってた。新聞とかニュースとかも必死に見たけど、事件は起きてなかった」
妄想でしかなかったと信じ込もうとした。
「ただ、Y先輩は今日、学校に来なかった」
後に、Y家全員が行方不明となっていることが確認された。




