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ペットロボットの可能性

ただの気のせいである可能性がある。


Tさんが困った顔で相談に来たのは、年末の忙しい時分だった。


「あー、悪いけどよ、ペットロボットについて聞いていいか?」


近くの家電量販店への道順を伝えたところ、違うと言われた。


「ヘンなのをレンタルしたんだけどよ、なんて言ったらいいんだ? ちょっと事情を知りたいっつーか……」


順序立てた説明を求めると、そうだよな、と諦めたようにTさんは呟いた。


「……俺のアパート、両鐵あたりにあるんだけどよ、最近、あの辺でもレンタルあるだろ。電動の自転車とかキックボードとか、道端で借りれるやつ」


正確にはシェアサイクルと呼ばれる形態だ。

ここ妙求市でも増加している。


「くっそ邪魔だな、蹴っ飛ばしてやろうかって横を通ったらよ、別のがあったんだよ」


専用スペースに自転車、自転車と続き、別のものがあったのだという。


「ペット用のゲージだった」


地面近くに設置されたその中を覗き込むと、丸まっている何かがいた。


「自転車じゃなくてペットロボットをレンタルできるって、ゲージの上の方に書いてあった」


当然のことながら、そのようなサービスは開始されていない。


「まあ、テストケースとか、そういうのかなと」


Tさんが連れて帰ろうと決めたのは純粋な好奇心のためであり、そのときのTさんがスロットで大勝ちしたからだった。


「よく見るごちゃごちゃ注意事項が書いてあるディスプレイとかがあって、あー、契約にはまたQRコードやらなきゃ駄目かとか思ったんだけどよ」


以前、それに関連したことでTさんは痛い目を見た。

おそるおそる新しいスマホで手続きを行った。


「……契約完了みたいなのが出て、床のロックが外れてゲージごと運べるようになった。中にいたペットロボットは、猫だった」


ロボットやぬいぐるみのような外見ではなく、リアルなものだった。


「暗くてまだよくわかんなかったんだけどよ、ゲージの中から俺を見るそいつと、どっかで会った気がした」


家でゲージを開け、のそのそと出たそれを見てTさんは驚いた。


「ぶっさいくだったんだよ、その猫。思わず笑っちまうくらいに。普通、もうちょっとくらい小綺麗にするもんだろ?」


その上、Tさんを無視してあちこちを歩き回り、ベッド下の狭い空間へと逃げるように入り込んだ。


「レンタルだぜ? こっちは金払ってるんだ。だってのに、懐くとか甘えるとかのサービス一切ねえの」


ベッド下では爪研ぎを行う音がした。

Tさんは奇声を上げて止めた。


「まーじでクソ猫だった」


カーテンに登ろうとして裂き傷を作り、トイレのドアが気になるから開けろと鳴いて要求し、撫でようとするTさんの手から逃げ続けた。


「せっかく買ったビール開けて一人乾杯してると、どすどす音だして寄ってきてニオイ嗅いで、すげえ嫌そうな顔して離れんの。猫用のわけねえだろ」


一通り探索が終わり満足したのか、猫は元のゲージへと帰った。

すぐに出てきて不満そうにTさんを睨んだ。


「そのゲージ、家庭用電源に繋げられるように出来てたんだよ。俺がコンセント差すとまた戻った」


ごろごろという音が、ゲージの中で聞こえた。


「なんでこんなの借りちゃったんだろうって、本気で思った」


今からでも戻してやろうかと思ったが、すでにシャワーを浴びて着替え、ビールも開けていた。


「今日は珍しくラッキーだと思ってたのに、最後の最後でケチがついた」


Tさんはふて寝することにした。

電気を消した部屋で、ペットゲージだけが薄く光った。


Tさんは寝付きは良い方だったが、夜中に目を覚ました。

何かが腹に乗っていた。


「またかよ、コタン、って、気づけば俺はそう言ってた」


Tさんが飼っていた猫だった。

五年ほど前に亡くなったその猫は、Tさんが寝ているとよくそうして乗った。


「……ロボットだから、くそ重いんだよ、姿もぜんぜん違う。けど、コタンだった。俺がそう呼びかけると、あいつは、やっと気づいたか、って感じで鳴いた」


コタンは、イタズラ好きの猫だった。


おそるおそるTさんがその毛並みを撫でると、猫は息を大きく吐き出し、軽くなった。


「……人間の魂の重さって、21グラムだとかって言うよな。それより、もっと軽くなった」


気づくときれいな毛並みの、ほっそりとしたペットロボットがそこにいた。

どれだけ呼びかけても、元に戻ることはなかった。


「翌日、俺はゲージにペットロボットを入れて戻した。ひょっとしたら、もう一回借りたら同じことになんねえかなって。けど、ちょっと目を離した隙に、ゲージごと消えた」


履歴から調べたが、借りたものは電動自転車だとされた。


「なあ、だから……」


疲れた様子のTさんは続けた。

ここに来るまで、シェアサイクルを片端から回っていたという。


「俺と同じようなやつ、相談に来てないか? いや、そうじゃねえ。どうしたら、俺はもう一度会えるんだ?」


市職員として、精神科に行くことを勧めた。

なぜか新入りにはたかれた。Tさんには多くの猫毛が付着しているらしい。市職員からそれは確認できなかった。


Tさんは、ペット霊園へお参りに行くとのことだ。


挿絵(By みてみん)


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