71 恩讐の炎、復讐の牙(12)
オルトロスに一矢報いることができると思ったらいつの間にか城壁の上にいました。なんで?
危ないので《炎刃》はすぐにしまった。先生や知らない人に当たってしまったら大惨事である。ついでに《変身》も解除である。いったん休憩だ。
「イーヴィルくん、状況報告を。なぜオルトロスがスウォールに向かってきているんですか?」
「あ、はい先生。それはオルトロスが無理矢理包囲網を抜けてきたせいです。傷は結構負わせてるんで、弱ってはいるはずです」
「よろしい、最低限は仕事を果たせたようですね。予想到達時刻はおよそ30分前後ですか…………」
戦場でのいきさつを知りたがった先生の口調はどこかきつめだった。まあ、命を懸けてオルトロスを倒しに行ったのに逃げられましたじゃ格好つかないよな。
目下の問題は、なぜオルトロスとの華麗な交錯を制そうとしていた俺がスウォールの城壁の上にいるかだ。先生が魔術か何かで呼び出した、ということでいいんだろうか。
ぷしゅっ。
え。なんか、俺の首から変な音が。
そっか、さっきのオルトロスとの交錯。俺の身体は鎧ごとやられてたんだ。首筋を触ると、赤いモノがべったりと俺の手に引っ付いた。これは血だ。
身体から大事なものが抜けていく。当然のように、俺は目の前が真っ暗になった。
数秒後、頬をひっぱたかれたような感覚で目が覚めた。力が抜けていく感覚もなくなっている。
先生が息も絶え絶えに杖を構えてるあたり、どうやら回復魔術をかけてもらったらしい。
「ありがとうございます先生、ところでどうして俺はここに?」
「…………」
「え、ちょっと先生? もしもーし?」
「あのな、お前らが包囲してたはずのオルトロスがここから見えたんだ。全滅でもしたのかって考えるだろ。だからそいつはお前をこっちに転移させたんだよ」
「そっか、そりゃ経緯が気になりますよね」
「馬鹿、それだけなわけあるか。あっちがどうだったか詳しくは知らんが、死ぬところだったぞお前。そりゃあいつもあんな顔になる」
「それはまあ、弁明しようもないです。ごめんなさい先生!」
俺の疑問に答えてくれたのは、先生ではなくキララさんであった。こじんまりした身長が、周りでスタンバイしている冒険者たちとあまりにもミスマッチである。
ところで先生は何故だか苛立ちつつも気まずそうにそっぽを向いている。俺の謝罪も聞き流すほどにはお怒りのようであるが、それはそれとして罪悪感に苛まれているような。
城壁で迎撃準備を整えている冒険者たちは、いそいそと砲台の整備をしている。
俺も何かすべきではないだろうかとキョロキョロとあたりを見渡すと、そっぽを向いていたはずの先生と目が合った。そしてすぐさま視線を外された。
先生は怒りと自責にサンドイッチされたような顔をしている。そんな先生も可愛いけれど、もしかして俺を転移させたことが何かマズかったのだろうか。
「イーヴィル、ちょっとこっち来い」
「え、何ですかキララさんって痛っ」
「あいつとお前の関係についてのことだ、他のやつにゃ聞かせられない」
キララさんは俺の腕を強引に引っ張って、城壁内の人気のない小部屋に連れ込んだ。鎧やら武器やらが陳列されているところを見るに、倉庫らしい。
「イーヴィル、もうちょっと右に寄れ。そうだそこだ。で脱げ」
脱げとはまあ、先生もだがそこまで俺が他に怪我をしていないかが心配なのか。俺はキララさんの指示に従って服を脱いだ。
「お前の身体について言わなくちゃいけないことがある。あいつの代わりにな。ったく面倒くさい」
「身体……?」
む。なんかキララさん、さっきと言っていることが違くないか? さっきは先生との関係で、今度は俺の身体のことだ。いやそれとも、同じことなのか?
ともかく、脱がなくちゃ話が進まないと思う。オルトロスが郊外にやって来るまでに済ませなきゃな。
俺の疑問も余所にキララさんは手鏡を取り出した。どうやら俺の後方には鏡が設置されていたようで、キララさんの手鏡には俺の背中が映っていた。
「…………ん?」
「気付いたか。そうだ、それがあいつが隠していたお前の秘密だ」
俺の背中にはいくらか見慣れたものがあった。それは、先生が魔術を使うときに地面や空中に浮かび上がるモノ。
つまり、魔法陣だった。俺の背中には確かに、魔法陣が刻まれていたのであった。
なんで?




