67 恩讐の炎、復讐の牙(8)
「隠していてすまなかった。この通りオレは分裂できる。合体も思うがままだ」
支部長は平然とした様子で分裂した身体と合体してひとつになった。
隠してすまなかったも何もない。便利そうですねなんて軽口も叩けるわけがない。それは魔物としての力だ。できるなら使いたくなんてないだろうに、支部長はためらいもなく自分の有用性を提示した。
「質問です、単為生殖ですか?」
「ただの分裂だ」
「能力の低下は?」
「恐らくない。ただ摂取したエネルギーごと分裂しているから、そのままだと出力は半分づつになるな」
「合体時の記憶はどうなります?」
「どちらも自分か経験したこととして残る」
先生と支部長の質疑応答だけがしばらく会議室に響いていた。その遠慮のなさが一周まわって愛おしい。
「魔石はどちらにありました?」
「オレから見て右側だな」
「じゃあ、厳密には右側が本体だったのでは?」
「確かにそちら側に魂があるようには感じられる。だが、それは魔石から来るものではないと断言できる」
あ、そうか。魔石と魔物の関係ってよくわかってないんだっけ。確かにこれは先生にとってある種のビッグチャンスだろう。魔石は魔物にとってどのような役割を担っているのか、魔物側から聴取できる機会なのだから。
支部長は首を横に振った。
「この身体になって分かったことだが、魔石は特に核のような存在でなければ、割れたところで死ぬようなものでもない」
何せ取り出せるしな、と支部長は無造作に腕を胸辺りに突っ込むと、鈍く光る魔石を取り出した。と同時に砕いてみせた。
多くの冒険者が驚愕の声を上げた。彼らにとっては魔石イコール魔物の核みたいな認識だったらしい。かく言う俺もそうなのだけど。
しかし、そうなるとますます魔石の謎が深まるな。魔石は特定の生物の中にだけできる。それを魔物と呼んでいるわけだが、この因果関係というか、そもそもどうして石が体にできるんだろう? まあそれがわかったところでオルトロス討伐の助けになるわけでもない。俺は思考を切り替えた。
「話を戻そう。次は作戦の説明だ。オレがオルトロスに近づき縄となってやつの口を縛る」
「分裂しまくって数でゴリ押すのか?」
「いや、それでは足りん。分裂するところを見られでもしたら特に警戒されるだろう。オレ以外の冒険者がやつの警戒を引きつけ、その上で実行に移さなければ」
「――俺がやります」
俺は支部長の提案に我先にと手を挙げた。先生はもはや驚きの声も上げず、ジト目で抗議の意だけを送ってきていた。
「イーヴィル、お前の師匠は乗り気ではないようだが」
「俺はウンコの神の力で空に浮けます。視界の外から切り込む役割としては最適です。先生もそれがわかってるから、直接言ってはこなかったんですよ」
「その利点も言語化できないようなら、抗議もできたんですけどね。ですが懸念点はまだありますよ。頭のいいオルトロスのことです、大空に飛び立つタイミングを見られでもしたらあれは囮だろうとすぐ看破されるかもしれません」
「ならよ、オルトロスのブレスが視界封じに逆利用できそうじゃねえか。まず魔術経典で――」
そこからとんとん拍子に作戦会議は進行していき、オルトロスのブレスを封じる計画は順調に整えられていったのであった。
「最後に一つだけ。支部長さんの呪いですが、オルトロスが吐いた呪いですので、戦闘中に吸収される恐れがあることだけは考えておいてください」
「吸収される、とは?」
「そのままの意味です。オルトロスは食らった命を呪いに変換して放つ魔物と推測できます。その矢印を逆方向にすることができても不思議ではありません」
呪いがその体を生かしている以上は思考の隅においてください、と先生は口にした。
「あえて言うなら、これはリーシャさんの実験による発見です。正確に言えば、わたしの仮説のもと実験させてもらった、というのが正しいですが」
「どんな実験だ?」
「捕獲したオルトロスの幼体の唾液を使った実験です。ケビンさんの身体を舐めさせたところ、呪いの力が薄れたとの報告がありました。この実験から、恐らく幼体のオルトロスは呪いを吸収、ないし食べることができます」
「況や大人であれば、ということだな。聞いてただろうなバズー、お前に言ってんだぞ」
「オレか。無論気を付けよう、キララ。あごに巻き付くときは舌に注意だな。覚えた」
なんと、血液ではなく唾液が解呪には適していたらしい。衝撃の事実が明らかになり、オルトロス討伐にも希望が見えてきたと誰もが確信していた。
◇◆
そしてその計画は今、机上の空論などではないと証明された。
オルトロスの双頭には分裂した支部長がきつく巻き付いている。大きく身をよじらせ、大地や岩肌にこすりつけるなどして取り外そうとしているも、あれは分裂した支部長なのだ。怨念と共に生きた縄だ。
つまり、締め付けは加速する。巻き付いているのは10年分の怨恨だ。
ついにオルトロスは呪いの吐息を封じられたという受け入れがたい事実を抱えながら、冒険者たちに相対したのであった。




