64 恩讐の炎、復讐の牙(5)
「――そこだ」
ガントさんの攻撃を避けようとするその瞬間。支部長が連携しようと枝腕を振りかぶった一瞬。間髪入れず繰り出される攻撃に備えて、眼前の敵にのみ集中するタイミング。そこに挟み込む。
避けようがない。気づきようがない。敵は地上か地面の下に潜んでいるかもしれないという思考に、オルトロスを追い込むことができているはずだ。
技借りますよ支部長。俺ははるか上空からオルトロスの脳天目掛けて蒼炎を振りかぶった。
手のひらに熱を。大空より穿孔を。鋭く細く、遍く全てを焼き殺す炎の刃でその顎骨を貫こう。
「《炎刃》!」
俺は地面に激突することもいとわないほどの加速に身を包んだ。足裏のブースターを激しく燃焼させ、《炎刃》を宿した両腕をまっすぐ伸ばして、空気抵抗を極限まで削り一本の針のような姿勢に移行する。
しかし急降下してくる俺を察知したらしいオルトロスは、ガントさんの斧の一撃を自分から貰いに行き牙で挟んで受けとめると、斧をつかんだままのガントさんごと上空に、しかも的確に俺の方に放り投げてきた。
ガントさんは間髪入れずに叫んだ。
「やれ糞喰いっ!」
「なこと言われてもっ」
この勢いのまま《炎刃》をつき出せば、オルトロスに強烈な一撃を叩き込めるだろう。
ガントさんの重量を鑑みても、ぶつかったところで空高くから加速してきた俺の速度を完全に殺すことはできない。
だからといって速度を落とさずガントさんを避けなければ、彼に並大抵ではない傷を負わせてしまう。
「くそっ」
時間の流れがゆっくりになったような感覚の中、俺はチクチクと心臓を指すような葛藤に悩まされた。結局俺は姿勢を崩して減速をかけると、ガントさんに怪我をさせないように大回りをして攻撃を仕掛けた。俺はリスクから逃げたのだ。
そうなれば決死の攻撃の行方も知れたもの。なんとか態勢を持ち直してオルトロスを《炎刃》で狙うも剣先がチリチリと毛先を焦がすだけで、すんでのところで避けられてしまった。
俺の攻撃は失敗した。無理に攻撃を加えようとしたために空中で体勢がまたもや崩れた俺は、肩から地面に激突して数メートルほど地面を転がった。冒険者たちの顔には少しの落胆と切り替えようという表情が見られた。あの攻撃が決まってさえいれば、戦局が大きくこちら側に傾いていたことは言うまでもないのだから。
でも、別に誰も絶望までは感じちゃいない。だってここまでは想定内。運よくいい一撃を叩き込めたなら歓迎すべきだが、本命はここからなのだ。
そもそもいま俺たち前衛が猛攻を仕掛けているのは何のためか。オルトロスの注意をあちらこちらに惹きつけていたのは何のためだったか。
「支部長、今です!」
「ああ、この機は逃さない――《麗枝拘束》」
「――!?」
支部長の呼びかけに答えるように、森の木々から枝腕がオルトロスめがけて急速に伸びていき、瞬く間に顎にまとわりつくとギチギチと締め上げた。
これでもうオルトロスは呪いを吐けまい。必死に爪で絡みついた枝腕を取り払おうとするも、畳みかけるような攻撃への対処に時間を取られて口元に割ける時間はないようだ。
オルトロスは何が起こったのかわからない様子で、支部長を強い困惑と怒りの目で見つめていた。
ここまでの戦いで、枝腕が伸びるのは常に支部長本人からだった。オルトロスもそのように誤認していたことだろう。あのしつこい腕も、あいつの動きにさえ気を付けていれば恐れることもないと。
その認識は間違いだ。いや、そのように誤認させるためここまで手を打ったのだ。支部長の脅威を誤認させ、その隙に呪いの吐息を封じる。それが最初から狙いだったのだ。
「覚悟しろオルトロス、オレはもう人間であることすら放棄した!」
支部長の咆哮が空気を震わせた。支部長が魔樹の身体を伸縮させて振り回す。信じられないことに、オルトロスを相手に膂力で競り勝っている。稀に反撃を食らってもすぐに再生するその特異性にオルトロスは後退気味であった。
腕が爪で斬り飛ばされても新しい腕を生やし、胴体が真っ二つに折れてもくっつけさえすれば自動的に再生する。それをもはや、人間と呼んでいいのだろうか。人間だったものと呼んで差し支えないのではないか。
俺は一瞬だけ支部長を視界から外した。その姿が、あまりにも痛ましくて見ていられなかったから。




