09 捧げよ
ユーリに、俺の幻聴が聞こえている? 俺が考えを巡らせようとするよりも早く、先生は肩の矢傷を抑えて痛みに顔をゆがませながら疑問を口にした。
「イーヴィルくん。今ユーリくんが言ってたこと、どういことですか?」
「どうもなにも、俺もユーリも『捧げろ』って聞こえるみたいだってだけで……」
「幻聴が共有されるのは当たり前のことじゃありません! やっぱり、あなたの魂には……」
一人で勝手に何かを確信したらしい先生だが、俺としては全く意味が分からない。
産まれた時に変なものが入り込んだらしいというのは知っているが、それが幻聴の元だとでもいうのか。
「何を、捧げれば、いい……?」
「ユーリ!?ダメだ、これはきっと悪魔のささやきか何かだ!」
「だから、なんだ!みんなを、助けられるなら。魂だって、売ってやる!」
息苦しそうにユーリが吼える。ああ、まだユーリは折れていなかった。
命をなげうってでも誰かを助けたいという尊い願いはまだそこにある。
――じゃあ、いいか。俺が代わりに死んでもさ。
「おい悪魔!俺の言うことが聞こえるか!?」
「イーヴィルくん!?待ってください!」
「親友ダメだ、僕がっ」
先生とユーリの制止を振り切って、俺は悪魔の契約を求めた。
どうしてだろうか。なぜか今この時、俺は頭の中の幻聴とも会話できる確信があった。
『捧げる覚悟はできたか』
「俺の命を持っていけ、代わりにこの村を救ってくれ、この村を救おうとしてる人たちを助けてくれ!」
『お前の成果を、捧げろ。お前の人生を、捧げろ』
「ああ、何だってくれてやる。だから全部救える力を俺にくれ!その後何が起こったって、俺に不満はない!」
ひょっとしたら言い過ぎかもしれないが、勇者の剣を探す旅に出ようと決心したユーリの気持ちがわかった気がする。
俺じゃなくていいんだ。きっとどこかの勇者が世界を救う。いつか必ず世界を平穏に導く。
だから、そのとき。世界が救われる瞬間に、俺はいなくてもいい。
でもユーリにはそこにいてほしい。だって、これまで頑張ってきたんだから。
『契約成立だ、わがしもべよ――お前に、超越神の加護をくれてやろう!』
ドスン、と身体にこれまで味わったことのない重圧が加わると同時に。
俺の四肢から、熱が抜けていくのがはっきりと感じられた。魂の熱が冷えていく感覚だった。