63 恩讐の炎、復讐の牙(4)
オルトロスと戦う時の手順その一。まずは右目の死角を活用しつつ呪いを封じる。
触れるだけで最悪の場合死に至るような吐息なんて、ばら撒かれただけで戦線は崩壊する。
だから前衛の俺達がまず命を張って攻撃を避けつつオルトロスの手札の一つを完全に抑える。後衛たちが安全に攻撃できるのはその後だ。
シノビさんがキャンプにアーリャを置いて戻ってくるまでまだ少しかかる。
俺も含めた9人の前衛が部長とオルトロスの間に割って入ろうとすると、オルトロスは意外にも潔く飛び退った。
支部長の肉体は傍目から見ればボロボロだった。ひび割れた肉体の端々が炎で炭になっている。
俺たちは支部長を庇うようにオルトロスの前に展開した。
「今のうちに少し休め。……と言いたい所だが、まだ行けるかバズー?」
「問題はない、すぐにもやってみせる。――イーヴィル、死角にまわれ!」
「っ、了解!」
シノビさんがいない状況はあらかじめ想定済みだ。ひとつ撹乱の手が減るというだけのこと。だけの一言で片付けられるものでもないけれど。
俺は微速前進する冒険者たちから外れて、オルトロスから見て左側にある木々の隙間から一人で攻撃を始めた。
「《苦悶の咆哮》!」
こぶし大の大きさもない、小さな魔力の弾丸の嵐。それが俺の手のひらから放たれると、オルトロスは苦虫を噛み潰したような顔で器用にも小刻みに回避した。
致死の一撃になどなり得ない弾幕を回避するのは、ひとえにそれが視界を奪う攻撃だと奴が理解しているからだ。
砂粒も当て方次第で武器になる。視力に難のない左目にでも入ったりすれば、やつは一時的にでも視界が完全に奪われて戦闘力が大幅に減少する。
オルトロスは無理に俺を襲い掛かりにくるでもなく下がって距離を取ると、喉の奥から黒い靄をのぞかせた。小賢しい攻撃ばかりする俺たちを呪いで薙ぎ払うつもりだろう。想定していた動きを前に、スムーズに俺たちは防御態勢に入る。
「魔術経典、解放!」
ガントさんが取り出した巻物が淡く光ると、途端に土がせりあがって一枚の壁を作り出した。吐き出された呪いの霧に壁を破壊するほどの威力はなく、呪いの波は難なく抑えられた。
――次の瞬間、オルトロスの爪撃を前に壁は脆く崩れ去った。呪いで視界を奪いつつ、物陰に隠れて安心した獲物に襲い掛かる二段構えの攻撃だったのだ。
「――――?」
けれどそこには誰もいない。オルトロスは手ごたえのなさに首を傾げた。であれば確かに壁裏に隠れていたあの人間は幻覚か何かだったのかとあたりを見渡している。
簡単な話だ。使用された魔術経典はふたつだった。
呪いの霧が次第に晴れる。オルトロスの聴覚が冒険者たちの居場所を捉える前に、地面が爆ぜる。
そして爆ぜた地面から続々と支部長たちが飛び出す。土壁はあくまで隠れ蓑。第二の魔術経典によって彼らは地面の下に身を潜めていたのだ。
「食らえオラァ!」
「オルトロスがなんぼのもんじゃい!」
オルトロスは急に現れた彼らに驚き戸惑う様子を見せたが、奇襲にもその爪や牙で応戦してみせた。しかし動揺が対処の遅れを招き、受け損ねた斧の一撃が後ろ足の爪に深いヒビを入れた。
素早く後退するオルトロスだったが、すぐにも呪いの霧を吐こうとする気配はない。連発できるものでもないのだろう。
だから、次が来る前にあの口を封じるのだ。そこにいない人間に気づく前に。空を自在に飛べる人間がお前の隙を狙っているのだということを知られる前に。
俺はオルトロスの直上、数十メートルの地点から致命の一撃を叩き込まんと目を凝らしていた。




