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62 恩讐の炎、復讐の牙(3)

 何を隠そう今の爆音は俺のオナラだ。手を伸ばしても届かないなら、それ以外のものを叩きつけてやればいい。つまり音だ。野生動物らしく耳が利くなら破裂音を嫌うだろう。そこは賭けだったが、何とかなったようで何よりだ。


 冷静になってみればそれだけのこと。とはいえオレの功績ではない。すべてはウンコの神が一瞬のうちに俺の身体を操ってさせたことだ。そこは素直に感謝。


 なおキャンプはいま俺のオナラの匂いが充満している。冒険者たちはオルトロスが身をよじらせていた隙に各々の武器を構えながらも、異臭のせいで眉間のしわを増やしていた。本当に申し訳ない、苦情や文句はウンコの神に頼む。


 冒険者たちの切り替えは早いもので、その多くが覚悟を決めた顔をすると、事前に振られていた役割を果たすために散開した。残ったのは真正面からオルトロスと戦う栄誉を背負った戦士だけだった。光栄なことに俺もその一人だ。ウンコの神の鎧のおかげで守備力だけは高いしな。


 他の配置としては回復魔術が使える人員は怪我人を再び前線に送り出すためキャンプ待機、弓矢や攻撃魔術が使える人員は後方から前衛たちのサポート。総じてこの三つだ。そこから細分化された組み分けもあるにはあるが、今思考を回してまで考えることでもないか。


 魔術を使うための呪文は何一つ教わっていないので、俺が前線に立つのはまあ成り行きというか消去法というか。しまったな、先生と仲直りしてたら役に立つ魔術のひとつやふたつ使えるようになっていたかもしれないのに。


 《苦悶の咆哮》も《天使の沈黙》も攻撃範囲が広いせいでこういう集団戦には不向きだ。打つにしてもできる限り接近しておかないと誤射が怖いな。


「行くぞ肉壁ども、死ぬつもりで突っ込めー! なあに滅多なことじゃ死なねえさ!」

「陣形は覚えているでござるな。まずはガント殿が正面に立ち三人の冒険者が一組となって総計三組で交代しつつ、ガント殿がさばききれない攻撃をかばうでござる」

「ガントさん、今さら言うのもなんだけど負担デカくないか!?」

「ああん!? むしろ足りねえくらいだ、聞いたことくらいあるだろ。『滅刃』が《伝承級》を狩ったのは一度や二度じゃねえんだぜイーヴィル!」

「え、それ初耳なんですけど!?」

「何だよオイ、帰ったら酒場で語り明かすしかねえなこりゃ。がハハハ!」


 前衛たちの指揮官は一度オルトロス行動予測図が完成したときに俺を胴上げした『滅刃』のガントさんで、それなりの付き合いになる『風来』のシノビさんが副指揮官だ。前衛たちは合計10人。


 自分からこの作戦に志願しただけあって誰も彼も実力はそれなりにあるらしいが、それでもたった1人にオルトロスの真正面を任せるのは気が進まない。


 さてオルトロスを見れば、一直線に支部長とアーリャのもとに走って来ていた。10年前の因縁の決着をつけようと、他の冒険者など知ったことではないとその姿が語っていた。


 支部長はアーリャをかばうように枝腕を盾のように生やし伸ばして、オルトロスを近づけまいと森の西に、つまりキャンプからは外れた方向に後退しながら防御に徹している。確かにこのままこちらに突っ込まれてはキャンプに被害が出て、怪我人の手当てなどに支障が出るだろうが、それでは支部長がジリ貧になるだけだ。

 俺はシノビさんに支部長を助けてくれと並走しながら頼んだ。


「シノビさん、アーリャを支部長から受け取ってキャンプに届けてほしい。あのままじゃ支部長も本気を出せない」

「承知、大役確かに仰せつかった。拙者の抜ける穴はしばらくイーヴィル殿にお任せ申す!」


 支部長はこの作戦のキーパーソンだ。あの人がアーリャを守るために力を使わざるを得ない状況をまずは打破しなければいけない。

 シノビさんは音もたてずに加速すると、ものの数秒で支部長からアーリャを受け取って、迫るオルトロスに背を向けてキャンプへと走り出した。信じられないくらい早いなあの人。これが終わったら走り方のコツでも聞いてみようかな。


「報告通り、あいつは右目が潰れてる。死角を活用しろ。だが万が一ってこともあるからな、見えてないからって気ィ抜くなよ!」


 冒険者たちがおう、と奮起の声を上げた。そこに油断はなかった。当然のことだ、戦いの中で死ぬかもしれないというのに気楽さを貫ける図太さを持ち合わせられる人間などそうはいない。

 けれど人は死ぬ。思ってもいないタイミングであっさりと天に召されるものだ。想定外というものは、いつだって暗闇からこちらを狙っているものだから。

 

 



◆◇◆◇


 すべてが終わった後の話をしよう。俺は墓を作った。遺骨も遺灰も入っていない粗末な墓だ。

 そこには赤い宝石が埋め込まれた杖が、墓標代わりに屹立していた。

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