59 強襲前夜
なんだか先生の近くに居づらくなったので、ちょっとした作戦会議の後、支部長が支度を整えている協会の倉庫に足を運んでいた。倉庫内にはほかの冒険者もちらほらいた。
今日寝る場所もここにしよう、と俺は思った。思えば、ここしばらくは副支部長室の床に毛布を敷いて夜を過ごしていたっけ。
支部長は倉庫内で、決戦前に様々な武器を手にとっては技や型を身体に馴染ませていた。俺は稽古をつけてくれませんかと《変身》して、頷いてくれた支部長と軽い模擬戦をして時間を潰した。
支部長の身体は人外ぶりに磨きがかかっており、木の枝のような腕を複数本新たに伸ばしたり瞬間的に太く束ねて破壊力を強めたりと、異形の身体というアドバンテージを余すことなく活用していた。
しばらくして、俺たちは床に腰を下ろして休憩に入った。時刻はもう夕方だ。これ以上鍛錬を続けていては明日のオルトロスとの戦いに差し支える。
「しかしどうしたイーヴィル、武器でも調達しに来たか? お前のバトルスタイルには合わんだろう。それともキララに様子を見るよう言われてきたか?」
「俺がこの作戦に参加するかどうかで先生と揉めちゃったのは知ってるでしょう。ここなら先生も来ないかな、と思ってのことですよ」
「つまり喧嘩か。仲直りは早めにしろよ、引きずるからな。オレの経験談だ」
愁いを帯びた声色で支部長はそう語った。
「とはいえ参加しないのは賢明ではある。やめるなら今だぞ、命の保証はできん」
「んなこと言わないでくださいよ! 俺だってアーリャを助けたいんです!」
そこまで口にして、似たような言い方で先生に誤解を招く結果になってしまったことを思い出した。
支部長も俺の言葉に引っかかるものがあったのか、少し考えこむような姿勢になった。
「お前、アーリャに惚れでもしたのか? ……すまん、冗談だ。お前はそんな奴ではないな」
「全くですよ。そもそも、先生は他人でしかない俺のことを心配し過ぎなんです」
「では、他人ではないのだろうさ。あいつの過去は知らんが、なにか子どもに未練でもあるのではないかとオレは思う。キララにも若干の庇護欲を見せているあたり、背が低ければ何でもいいのかもしれんが」
「それ暴論じゃないですか? 俺と先生、背丈に違いなんてないですよ」
「? 見た感じ、若干お前の方が低いだろう」
「それはそうですけど……ほんとにちょっとだけですからねっ。明日にでも追い越しますから!」
俺はもう15だ。支部長や先生からすれば子どもなのだろうが、手助けされなければ生きていけないとしでもないのにという気持ちがほんのわずかに心に挟まった。
「……確かによく考えてみると、あれだけキレイで可愛くて、浮いた話のひとつもないってのも変ですよね。子どもがいたけど死んじゃったとか?」
「聞いてみなければ本心なんて知りようがないさ。本人でさえも認知していない心の機微というものもある。だが人の心は複雑そうで案外単純だ、とにかく当たって砕けろだな。魔物のオレが言うのもなんだが」
そう言って支部長は生やした枝腕でいくつもサムズアップをしてみせた。俺は思わず吹き出したが、支部長はオレの反応を見て愉快そうに身体をきしませた。
こうやって話してみてはじめて、この人が予想外にフランクだったことがわかった。やはり10年前のオルトロスとの戦いが、そこで失われたものたちが、この人をここまで変えてしまったのだろう。
「そういえば、オレの《炎刃》をまねたあの技。もう名前は決めたのか? 何だったらオレが考えてやらんでもないぞ。オレができる最後の贈り物だ」
「いやまだです。というか技を借りてるも同然なんで、そのまま《炎刃》にしようかなと。にしても、なんでそこまで技名にこだわるんですか……?」
「オレの世代じゃどれだけかっこいい技を身につけられるかがある種のステータスだったんだ」
支部長は曇りのない顔でそういった。
「……ちなみに、候補を聞いても?」
「《蒼炎帯》とか《藍灯》とか、どうだ?」
うわあ、かっこいい。
そんな何でもない会話をしばらく交わしていると、支部長は倉庫の天井を見上げて縁起でもないことを口にした。
「イーヴィル。オレはきっとこの戦いで死ぬだろう。言うなれば、戦いの中で死ぬのが一番ちょうどいいんだ。今のオレは魔物だ、生き抜いたところで禍根が残るだけだ」
「戦う前からそんなこと言うのやめてくださいよ。いつかはちゃんと人間に戻れる日が来ますって。それまでの我慢です」
「そのいつかまでにオレが魔物に成り果ててしまったとしてもか? いいかイーヴィル、魔物は殺せ。躊躇するな。見逃した一匹が、お前の大切なものに牙を剥くんだ」
「……支部長のことも?」
「オレのこともだ」
支部長はまっすぐに俺の目を見つめた。血走っているように見える作り物の目。人間社会に紛れるために埋め込まれたガラス細工。それはいわば、自分を人間のようにみせる偽装。
ほんの一瞬だけ、そこにヒビが入っていたように俺には見えた。俺は気付かなかったふりをして、
「景気づけに、一緒においしいものでも食べに行きませんか? あとで先生と仲直りするきっかけのためにも、いいお店があったら紹介してほしいなって」
そんな、他愛もない話を切り出した。
「構わんが、オレは食わんぞ。何せこの身体だ」
「あー、もしかして今まで無理してご飯食べてました? 人間の食事を身体が受け付けないとか?」
「――なに、光合成ができるからな。街路樹の真似事をしたのも一度や二度ではない」
支部長はおもむろに腕を横に伸ばすと、腕の先々や頭部から新緑色の葉を茂らせた。まるで巨鳥が翼を広げたようなワイドさだった。オレが呆然としている隙に葉はそそくさと引っ込んだ。
「……冗談だ、流石にそこまではしない。前にキララと行ったことのある洒落た店にいこう。オレのおごりだ」
「なっ、自分の分は自分で払います! 子ども扱いしないでくださいよ!」
「地獄に金は持っていけないだろう、年上からの厚意は受け取っておけ。そういうものなんだ。死にぞこなったやつは、まだ自分の人生を生きているやつの世話を焼きたがるものなのさ」
俺たちはそんな会話を交わしながら、作戦決行前の夜を過ごしたのだった。
ごちそうさまでした支部長。絶対にアーリャを助けましょうね。
話のストックがなくなってきたので毎日投稿はストップです。申し訳ない。




