57 蜂起
俺たちは冒険者協会に集合していた。ただでさえオルトロスが郊外に現れたという情報で緊張に拍車がかかるというのに、加えてアーリャがオルトロスに攫われたときた。
とにもかくにも方針を決めなければいけない。このままオルトロスの襲撃に備えるのか、それとも救助隊を結成するのか。
副支部長室はしんとしていた。合理的選択と情緒を完全に切り離すことはできない。できてしまえば、そこに人間性は残らない。
しかし救助隊の編成には多くのデメリットが潜んでいる。選出した人員が返り討ちに合い、さらに要救助者が増えること。多くの戦力を救助隊に割きすぎて、スウォールの守りがおろそかになること。挙げて見ればきりがない。
「……キララ」
「落ち着け、お前ひとりが言ったところで返り討ちだ」
「オレは行く。アーリャを助けなければ」
「死ぬ気か馬鹿、オルトロスは賢い。アーリャを殺すことまではしないはずだ!」
「はず? オレたちがあいつの子どもにしていることを忘れたか。死なないということが、無傷でいる保証になどなりはしない!」
最悪の意趣返し。子どもを人質に取るというこちらがとっていた戦術を、そのまま返された。
壁上の砲隊も、襲撃後に素早く踵を返したオルトロス相手には有効打を与えることも難しく、逃走を許してしまったのだと耳にした。彼らを責めることはできまい。下手をすれば襲われていた隊商にも砲弾があたる危険があったのだし。
「たとえ引き止められようとオレは行く。オレがここに一度戻ったのは、お前たちに別れを告げるためだ」
「バズー、やめろ!」
「すでに知っている者もいるが、オレは魔物だ。オルトロスの呪いによって変わったこの身体は二度と戻らない。解呪すればオレの身体は崩壊する」
キララさんの制止もやむなく支部長は秘密を暴露した。顔を隠していた包帯がはらりはらりと舞う。眉間にしわを寄せた顔をして頷く冒険者もいる一方、外部から来た冒険者たちはその暴露に驚くばかりであった。
「その落ち着きよう。さては糞喰い殿、ご存じでござったな?」
「言ったところでどうにもならないでしょ。シノビさんもどちらかと言えば驚いてないですけど」
「拙者は過去に似たような呪いを目にしたことがあるがゆえ。解呪しようにもできないというのは初めてでござるが」
近くにいたシノビさんが声をかけてきた。数分前まで近くの森や林でオルトロスの居場所を探っていたらしいというのに、召集の令を聞いて即座に協会まで戻ってこれる機動力には唖然の一言だ。
「だからこれは、一匹の魔物がオルトロスに挑むだけの話だ。人的損失など最初から無い。魔物の死を悼む必要も無ければ、とうに死んでいる者を見送ることに罪悪感を感じる必要など微塵も無いのだ」
「無駄死にだぞ、もっと命の使い方を考えろ!」
「違う、これが一番いい命の使い方だ。救助隊は出せない、リーシャは決して許可しないからな。だが俺が単独で死地に向かう分には、あいつは諸手を挙げて賛成するさ」
何せオレはあいつの夫をガマガエルにした男だからな、と支部長は笑った。
「命令違反をする覚悟のあるやつだけついてこい! この先二つ名も名乗れなくなるような処罰を受けてもオルトロスの首が欲しいやつだけが、オレの決死行に付き合う権利がある!」
「ひでえよ支部長、そんなこと言われちゃ血が滾っちまうだろうが!」
「水くせえこと言いやがって、《伝承級》殺しの誉れを独り占めになんかさせてたまるかよ!」
「そうとも、我々は何のために冒険者になったのか。それは夢を見るためだ、大事を為すためだ。日銭を稼いで満足するだけの生活なんてまっぴらだ!」
突き上げられた支部長の拳に続いて、冒険者たちは声と握り拳を天高く上げた。
ああ。そもそも、そんな発破をかけられて怖気づくような冒険者はここにはいなかった。それだけの話だった。
度を越した熱狂に、キララさんは頭を抱えて大きくため息を吐いた。
「馬鹿野郎ども、殺してハイおしまいじゃないぞ! 解呪のための死肉が確保できなきゃ、ケビンどころかあたしまで被害を被るんだからな!?」
「安心しろ、お前とケビンの分の素材は必ず用意して戻る」
「そういう問題でもない!」
俺も覚悟を決めた。アーリャとは深い仲でもないが、何も知らない仲でもない。ここで何もしないのは人道に、何よりユーリの勇気にもとる。
恩讐の炎は揺らめいて、げに憎くき仇を照らす。
復讐の牙はなおも研がれ、振るわれる夜を乞い願う。
いと儚きは親の情。いと恋しきは子の気丈。
退路は既に断たれている。10年前からこうなることが定まっていたかのように。運命の歯車が重い音を鳴らして回った。
「イーヴィルくん、これは……」
「ええ、先生。もう後戻りはできないですからね、俺も覚悟を決めましたよ」
狂騒ともいうべき猛りの声に晒されながら、俺と先生は静かに見つめ合った。
「――アーリャを助けに行きましょう」
「――これ以上付き合う義理はないでしょう」
「…………」
「…………」
「「――――あれ?」」




