55 対談
オレはとある秘密の場所でケビンと対談していた。それとも謁見が正解だろうか。もうケビンは平民ではなく貴族なのだから。
ケビンがオレをこの場所に呼んだのだ。リーシャはこの対談を知らない。知っていたら妨害されていたはずだ。彼女が忙殺されている今しか旧友に会えるタイミングがなかったのだ。
ケビンのそばには護衛が数名ついていて、オレがいつ正気を失っても対処できるようになっている。
仮にも次期領主の夫という立場もあって、オレがひざまずく一方で彼は豪奢な椅子に座っていた。呪いのせいで醜く変貌してしまった姿を見られたくないのか、天幕で互いの姿は遮られている。
「なあバズー、ええと、リーシャのおかげで声だけは戻ったんだ。だからまず謝らせてほしい。僕は君を恨んでなんかいないし、昔みたいに接してほしいな思ってる」
「ケビン様、言葉遣いには気を付けていただきたい。もうあなたはスウォール警備隊隊長ではない。冒険者協会の元支部長ごときと対等ではないのだから」
「そういう君は、へりくだるのがうまくなっちゃったね。相当キララちゃんの尻に敷かれてるみたいだ。仲良くやってるみたいでよかった」
オレは少し口をつぐんだ。キララとオレがこの10年別れて暮らしていたことを知っていたならば、こんなことを言うやつではない。オレは長い間、あいつを独りにしてしまっていたという事実が改めて胸を刺した。
「彼女とはここ10年手紙を交わす程度の仲。最近ようやく顔を合わせたほどです」
「……面目ない。オルトロスの爪痕がそこまでとは。この分だとリーシャはここ10年のことをかなり僕に隠してたみたいだ」
「よもや、展開中のオルトロスの捕獲作戦まで知らないということはないでしょうね」
「流石にそれはない! けど、リーシャから情報を遮断されてたせいで世情に疎いのは事実だ」
リーシャは独断専行の気がある。それがいい結果をもたらすこともあれば、大騒動に発展することもあった。悪癖は健在らしい。
「では、オレが壁内で支部長を辞めていたことについては?」
「知らなかった。待って待って、だからさっき元って言ってたのか? てっきり後進が育ったのかと」
「今は責任を取って、郊外支部の残骸で暮らしております。しかし半年後には死ぬ覚悟です。この身は魔物と成り果てたゆえ」
沈黙が場を支配した。護衛が武器を構え直した。いずれにしろ、オレが言わなければいけないことだ。
「解けないのかい?」
「解ければ死にましょう。こぼれ出た魂が、何の奇跡か呪いに宿っただけのこと。戻るべき身体は双頭の狼に砕かれましたので」
天幕の向こう側で、プルプルと震えるケビンの影が見えた。
「悔しいなあ、バズー。2人なら何でもできる、どんな魔物でも倒せるって息巻いてたあの頃が懐かしいや」
「まさしく。我らは向かうところ敵なしでございました」
若さ故の傲慢。未熟が故の自信。へし折られただけと言うには、あまりに多くのものを失いすぎた。
「ところでその身体のことは誰に言ってる? 不用意に漏らせないとはいえ、流石に相談くらいはしてるだろう?」
「まずキララとリーシャ様に。リーシャ様に関しては、キララから伝えてもらいました。そしてその場に居合わせた冒険者、それとアーリャに……」
「アーリャが!? 君の娘さん生きてたんだ、よかったあ。いや、ほんとに。命を張ったかいがあったね、僕真っ先にやられてたけど」
「いえ、不甲斐ないことに――」
「伝令、伝令ェー!」
実の娘であるかは不確定なのだとケビンに伝えようとして、息を荒げて入ってきた軽装の男が緊急事態を告げに割って入った。護衛の男たちも何事かと身構えている。
「スウォールに入る予定の商隊がオルトロスに襲われたとのこと! 繰り返す、オルトロスによる初の襲撃を確認!」
「被害は!?」
「食料品などをあらかた奪われたほか、人的被害一名! 商隊の道案内を買って出ていた冒険者が生死不明!」
「不明? 攫われたとでも言うのか!?」
ケビンが伝令から情報を聞き出すのを、俺と周りの護衛たちは神妙な顔で聞いていた。
なぜか、胸騒ぎがする。
「そ、そのとおりです。しかし二つ名持ちではありませんし、オルトロスはそのまま逃げ去ったので損害としては軽微かと」
ピシリ、と。何かが軋む音がした。何かがおかしい。オルトロスには逃げる理由がないはずだ。
オレはケビンを見つめた。視線の意味が通じたのか、ケビンはまさにオレが聞きたかった質問を口にした。
「――待ってくれ。その冒険者の名は? わからなければ特徴だけでもいい」
「黒髪の、顔に火傷のある少女だとか。正確ではないかもしれませんが、隊商たちが叫んでいた名前なら覚えています。たしか名前は――」
アーリャ。伝令はたしかにそう告げた。




