08 魔物襲撃
バン! と勢いよく小屋のドアが開け放たれた音で目が覚めた。
ドアから差し込む太陽の光が眩しい。今日はずいぶん遅く目覚めたらしい。昨日の先生の声がまだ耳に残っている。おかげでなかなか寝付けなかった。
ところで小屋に入ってきたのはだれだろうか。多分ユーリだろうとは思うのだが、どうにも妙だ。
やってきた人物は、小屋まで走ってきたのか息が荒い。深刻な何かが起こったような、何かに急かされているような、そんな焦燥感があった。
眠い目をこすって来訪者の顔を見つめる。そこにいたのは先生だった。
「イーヴィルくん、今すぐ山の方に逃げなさい!」
「……はい?」
「魔物が村を襲いにきたんです! すぐここにも来ます、急いで!」
理解が追い付かない。だって魔物は昨日ユーリが倒してきたはずじゃないか。
きっとこれは夢だ。たちの悪い悪夢だ。ユーリの帰還を思う不安が生み出した幻覚だ。
だから、先生の肩に矢のようなものが突き刺さっているのも、きっと嘘に違いなくて――
「――ぼ、ぐぶ!」
木材がひしゃげる音がした。壁を貫通して、くぐもった悲鳴をあげながら何かが小屋の中に転がり込んだ。それは人だった。知っている顔だった。村人ではなかった。俺は悲鳴を上げた。
――それはユーリだった。ひどいケガをしていた。腕があらぬ方向に曲がっている。血が口から流れている。身体中に矢のようなものが十数本も刺さっている。
そして何より、彼の右手に握られていた剣は。根元からポッキリと折れて切っ先がなかった。
「ユーリ、なのか?」
「しん、ゆう。すまない、僕は……だめみたいだ」
「ユーリ!」
ああ、本当にひどい悪夢だ。でもまだ大丈夫。夢の仲間まで幻聴はやってこない。3カ月の間に判明した数少ない経験則。それが今意識があるここを夢の中だと慰めていた。
だから、幻聴が聞こえてこない限り、ここは現実だとは確定しな『捧げろ』――。やめ『捧げろ』。
心臓がバクバクと鳴っている。受け入れたくない現実を前に視界がゆがむ。
昨日英気に富んだ姿で魔物討伐に向かったユーリの姿は、もうそこにはなかった。
そこにいたのはひとりの廃兵だった。ひとりでは立つこともままなたない、闘気の霧散した抜け殻。
「昨日倒した魔物は、斥候に過ぎなかったんです。討伐から帰るわたしたちを追って、この村の場所を仲間に教えた魔物がいたんです! ここまでの作戦を立てられる知将が、まさか魔物にいるとは……!」
悔しそうに嘆く先生の声すら、右から左へと抜けていった。
だって、もうおしまいじゃないか。
ユーリは強いやつだ。剣の腕を披露してもらったこともあったが、とても目では追えないほどだった。どれだけの鍛錬を積み重ねてきたかなんて、むやみに想像することが無礼だとすら感じられるくらいに。
先生だってそうだ。魔物に襲われる村人が先生に助けられたことは一度や二度じゃない。
そんなすごい人たちがかなわないって言うんなら、俺が逃げたところで何も変わらないじゃないか。
ユーリが俺に視線を向けて、苦しそうに口を動かした。俺は耳をそばだてた。最後に耳にするのがどんな言葉であれ、魂に刻んでおきたかった。
「親友、何か。聞こえないか……?」
「何だよ親友、お前まで幻聴か?」
俺は強がって笑うように声を出した。
「捧げろって、誰かが……。近くに、他に誰か、いるのか?」