53 決戦前々々々々々々々々々々……
オルトロスが万全になると予想された日。スウォールが戦場になると予測された日。
オルトロスは来なかった。時間だけが過ぎていく。すでに時刻は正午を過ぎた。
「侵攻ルートの再計算だ、斥候隊はいますぐに出ろ!」
キララさんの怒鳴る声が協会に響いた。冒険者たちはその命令の意味を呑み込めず固まっている。
オルトロスがいつ街を襲うかわからない以上、斥候に戦力を割く余裕はない。
「いやいや、今だって捕まえた同族を痛めつけて泣かせてんだろ? 暗くなるのを待ってんだって」
「そうですねえ、ボクの予想でも襲撃は夜かと。獣は夜目が効きます」
「キララ、神経質になるのはわかるが取り乱すな。その万が一は明日になってから考えればいい」
誰もキララさんの命令を真に受けない。支部長ですらそうだった。彼らが語っているのは正論だ。オルトロスは間違いなく今夜暗闇に乗じて攻め込んでくる。俺だってそう思っていないわけではない。
加えて疑いようもなく痕跡が語っている。幼体が単独で動いてたということはない。ウンコの神は少なくともウンコのことで嘘はつかないはずだ。いかに屈強な魔物と言えど栄養状態まではごまかせまい。
それなのに俺は、背中に冷や水を流し込まれたような悪寒に襲われていた。俺は先生に聞きたいことができた。
「先生質問があります。魔物の知能を測った実験とか、あったりします?」
「数の概念、季節の判別、言語理解の観点に限って……しかしいずれもゴブリンを対象にしたものです。オルトロスがどれほどの知能を有しているかまではわかりません」
「ありがとうございます、参考になりました」
「構いません。……君の質問は、いつも的確ですね」
俺と先生は眉間にしわを寄せた状態で見つめ合って、お互いにキララさんの懸念に見当がついたことを確認した。
この予想、外れてくれる分には大歓迎だ。なにしろ、このまま何も起きなければ、オルトロスと戦闘に突入するよりも悪い未来が待っているのだから。
「先生、キララさんが危惧してるのはやっぱり――」
「――持久戦ですね。幼体が人質として機能するということを、つまり呼び鈴として重宝されている間は決して殺されないことをオルトロスが理解しているとしたら、最悪です」
「先にこっちの万全が終わる。郊外の人たちをいつまでも壁の中に入れておけるわけがない。外から来た冒険者だっているから物資だってもたない」
リーシャさんは郊外の人たちを切り捨てる覚悟ができるとして、問題は郊外の人たちがどう感じるかだ。一度オルトロスが来るからと避難した彼らが、オルトロスが襲撃してくる日がいつになるかわからなくなったと聞いてどう動くのか予想もつかない。
ただ、オルトロスの精神性を見誤っている可能性も十分ある。
捕らえたオルトロスの拷問は止まることなく続けられているそうだし、俺や先生、キララさんの考えていることは支部長の言っているとおり杞憂で、今夜が決戦になることだって――
……
…………
……………………
夜が明けても、オルトロスは来なかった。




