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52 決戦前日

 明日は遂にオルトロスがスウォールを襲撃すると予想された日だ。とはいえそれは今日襲撃してくる可能性を100%ないものと保証するわけではない。昨日にもまして誰もが緊張感でピリピリしている。


 俺は先生とふたりで郊外を哨戒していた。避難勧告に応じていない人がいれば、できるだけ早く保護して壁の中に送らなければいけない。明日にはここは戦場になるのだから。

 とはいえ、郊外で過ごし続けてきたアーリャやギャングたちを総動員しても漏れはある。何事にも完璧はないのだ。


「ふむ、そろそろ下痢を確認した範囲に入るぞォ。しかしこの作戦、余は気に入らん!」

「まあまあ神様、命を助けるためなので」


 ウンコの神の言葉に任せて走っていると、身なりの汚い子供がいた。男の子のようだった。路地裏でくるまって、くうくうと眠りこけていたのだ。眠りは浅かったようで、俺たちの足音に気づいたのか彼ははっと目を覚ました。


「だっ誰!?」

「時間がないから簡潔に言うぞ。俺たちについてくるんだ、でないと死ぬ!」

「はぁ、なんだそれ!?」


 緑髪の少年はガバッとその場から飛び退くと、驚きと疑問のこもった目で俺の方を向いた。彼は用心しているようで、いつでも逃げ出せるように低い姿勢をキープしている。

 信じられない、とでも言いたげな顔だった。壁の中に避難するようにとの勧告を深刻に捉えなかったのだろう。むしろ、火事場泥棒をするチャンスとでも思う輩がいてもおかしくない。


「そこの君。ご飯はちゃんと食べてますか?」

「……食べたよ。腹がくだるパンだったけど」

「それは大変ですね。ほら、まずこのお水を飲んでください。その後にこのパンを。大丈夫です、腐ってなんていませんよ」


 俺は先生の面の皮の厚さに驚いた。下剤入りのパンをすでに住民が避難した民家などに紛れ込ませて、まだ郊外に残っている人間を炙り出そうと考案したのはほかでもない先生だ。そういうパンを手に取るのは泥棒くらいのものだろうし、作戦としては最適ではある。作戦としては。


 数日前、先生はウンコの神に向かって「下痢をした人の位置って大まかに分かったりしませんか?」と質問した。できるぞとウンコの神が自信満々に答えた結果がこれだ。

 先生、発想はすごいんですけどいろいろとやり口が汚いです。


 それとウンコの神は見栄を張っていたと俺は確信している。人間が周りにいない今のような環境でなくては、特定のウンコをした人間の位置を感知するなんて芸当はできないだろう。あとで問い詰めたらそう白状した。最初からそう言えっての。虚言壁か何かか?


「大変でしたね。わたしたちと壁の中に行きましょう、おいしいご飯もありますから!」

「……いいの? おれ、いいやつじゃないよ?」


 バツが悪そうな顔で少年がうつむいた。その腕で生計を立てていたかはともかく、食べ物を手に入れる最後の手段としてかもまたともかく、おそらく下剤入りのパンを食べた以上彼は盗みをしたんだ。しかし良心の呵責がある分、俺としては好感が持てる。何も悪びれずに誘いに乗ってくるよりはずっといい。


「構いません。いいやつじゃなくたって、生きる権利はあるんです」

「……ありがとう。その、冒険者さんたち……であってる?」

「あってますよ。わたしたちがオルトロスを捕まえて、ここをもっと住みやすい場所に戻します。約束しますよ」


 先生は少年に手を伸ばした。彼は神にでもであったかのような顔をしている。わかるよ、めっちゃよくわかる。先生は女神だ。


「……そっちの人も、約束してくれる?」

「あ、俺? もちろんだ、絶対オルトロスは逃がさない。スウォールが抱えてた問題はぜーんぶ俺たちが解決してやる!」

「うん、がんばって! おれ上手く言えないけど、悪いことしたやつだけど、いいことする人はおうえんしたいんだ!」


 俺は決意を新たにした。そうだ、俺が守るのはこういう人たちもなんだ。理不尽に流されるだけしかできない人を守るための力が俺にはあるんだ。

 俺はユーリに恥じない生き方がしたい。俺の心を救ってくれた英雄のような光でありたい。


 いつか、その光を追い抜く日があったとしても。俺の心の奥底には変わらずユーリがいる。それが俺の誇りで、俺の信念だった。


 




 次の日。オルトロスは、来なかった。

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