46 失言か好機か
やってしまった。何ってそりゃ、青髪の男に先生が言い寄られているのを見てカッとしたのもあるが、正直に自分の思いを吐露したことが、だ。
確かに時々先生の名前が気になるときもあったけれど、いつのまにか知らない方が色々お得だな、と考えるようになっていった。
だって良くない? 聞けばだいたい何でも教えてくれる先生が、ひとつだけ教えてくれないのが名前なんだよ? 言わば幼少期から調教されてるわけ。
まあ先生が名前を口に出そうとしないのは、テッドみたいな手合いに粘着されないようにするためなんだろうけど。容姿だけで人探しするのは手間がかかることだろうし。
協会の二つ名施策の逆だな。広がるべき名前がなければ認知されることもない。
「い、イーヴィルくん、さっきの発言は……?」
「半分冗談ってやつです」
半分は本気なんですね、と先生が小声で呟いた。串焼き屋からはもうそれなりに歩いて、屋台も見えないほど離れた距離になっていた。
「名前、聞きたくないってことですか?」
先生はおずおずと俺に問いかけた。
むう、これどっちが正解だ? 先生は俺に名前を知ってほしいのか、知ってほしくないのか。順当に考えるなら後者だ。名前を隠したいなら、俺にだって教えるべきじゃない。
だが、それならこんなことを聞く理由がない。うーむわからん。
「言わないことが不誠実とか思っていないんで、言いたくないなら言わなくていいですよ」
俺はお茶を濁した。俺自身が聞きたいのか聞きたくないかには言及しなかった。ある種不誠実な回答だった。
先生は何でもなかったかのように笑った。いつもの穏やかで優しい表情だった。
「そうですか。それなら、無事にオルトロスが捕まったらその時に教えます」
「へへ、急にオルトロスが早く来たらいいのにって思っちゃいましたよ」
「縁起でもないことを言うんじゃありませんっ。もう、イーヴィルくんったら」
確かにそれはキリがいい。となると俺は先生に名前を教えてもらうために捕獲作戦に身を投じているということにもなる。最高じゃないか。
先生はどこか神妙な雰囲気になると、右手に握っていた杖を俺の目に留まるように軽く持ち上げた。
「わたしが教えられることも少なくなってきました。なので――魔術を教えましょう。どこか開けた場所を知ってますか?」
俺は目を見開いた。魔術。それは――正直に言ってよく知らないもの。ただ、超常的な現象を自分で起こすことができるのだろうということは、先生が郊外のギャングを壊滅させた一件で骨身にしみている。
「ありがとうございます! それなら、支部長と模擬戦したところとかよさそうですね。でも俺にできるかなあ、魔術。ユーリでもダメだったんですよ?」
「魔術の素質は友人関係に依存しません。どちらかと言うと家系は重視されますけどね。優れた魔術師の子もまた優れた魔術師になる、というのは歴史が証明しています」
先生はいたって冷静に言葉を返した。確かにそれもそうだ。ユーリ個人の素質と俺の素質には何の関係もない。
「心配はご無用です、きっとできますよ。だって――」
一瞬先生が言い淀んだ。言葉を選んでいるような、失言一歩手前まで踏み出してしまったような沈黙。
「だって、神様に選ばれた人間なんですから!」
「……今ぜぇーったいに『ウンコの神にだけど』って理由で詰まりましたよね!?」
「いやいやそんなっ、そんなことは、決して……!」
「なら俺の顔を見て話してくださいよ、そんなに顔逸らしてどこ見てるっていうんです!?」
「ま、まじゅ、魔術の未来をですね……!」
「そんな壮大なものを!?」
選ばれた、か。生まれたその時に俺の身体に入ったって話だけど、どうしてウンコの神は俺に憑りついたんだろうな。考えてみれば不思議な話である。世の中に赤ん坊は数えきれないほどいるだろう。俺でなければいけなかった理由なんてものがあったのか? いや、ウンコの神に見初められる理由なんてあってほしくはないが。『語ってほしいのか、我がしもべよ』うるせえ黙ってろ、今日は口開くなって言っただろうが!




