07 魔物討伐
ユーリは村の近くに出たらしい魔物の巣の討伐に向かった。巣があること自体は数日前からわかっていたらしい。すぐに襲撃しなかったのは万全を期すためなんだとか。何と先生も加わるらしい。確かにそれなら安心だ。
日が暮れても先生とユーリ、そしてその仲間たちは帰ってこなかった。俺はとても心配になって、堆肥作りが手につかなかった。幻聴も空気を読むことがあるようで、不安になる俺に追い打ちをかけるように囁きかけることはなかった。
小屋の中で一人寝そべって、もしユーリがこのまま帰ってこなかったらなんて煩悶していると、村の中心から歓声が聞こえてきた。
楽器の音が聞こえてくる。年に一度の収穫祭でのみ使われる楽器が惜しげもなく演奏されている。
あれはユーリの勝利を称える音色だ。平穏を脅かす魔物を討伐した勇気ある者に送られる賞賛だ。
だから、俺はそこに行かなくていい。俺が言っても場が白けるだけだ。糞食いが分不相応にも乱入してきたと疎まれて、歓待の宴を盛り下げるのは本意ではない。
勇者ではなくとも人の役に立つことはできる。自分で言った通りのことを成し遂げた、立派な男の嬉しそうな顔が見てみたいと思わなくもないが――
『捧げろ』
「っ、やっぱりオマエ空気読めないのな。しばらく黙ってたと思ったらこれだ」
安心した瞬間に幻聴が復活した。短い付き合いだが、何か願い事を思い浮かべると幻聴の頻度が高くなることが多い、気がする。統計を取っていないから断定はできないが。
『捧げろ、捧げろ』
「やだね、一生俺の頭の中でじっとしてろ」
幻聴相手に吐き捨てた数分後、コンコンと小屋のドアがノックされた。
村人が俺相手にノックなんて丁寧なことはしないし、ユーリならためらいもなくドアを開けて入ってくる。消去法でドアの前にいるのは先生だった。
「どうしたんですか先生、宴を抜け出して」
「ユーリくんが、君を長年の悩みから解き放ってくれた恩人だと村の皆さんに紹介したい、と。よかったら来ませんか?」
先生の白衣は上半身から下半身まで血で真っ赤に染まっていた。そのせいで一瞬ひどいケガをしていると誤解してしまった。それほどの負傷なら、そもそもここまで歩いてこれまい。
魔術が使える先生の役割は後衛のはずだが、そこまで服が血に染まっているということはそれだけ壮絶な戦いだったのだろう。表情に疲労が全く見えないのは年の功というやつだろうか。
それはそれとして俺は先生の提案とユーリの好意に頭を抱えた。
「酔いが回るの早すぎないですか、あいつ。よしてください。俺のせいであいつの株が下がっちまう」
「そうですか、残念です」
なんとなくわかってましたけど、と付け加える先生。俺は大きくため息をついた。わかっているなら聞かなくてもいいだろうとは思うのだが、多分ユーリが強引に先生に頼み込んだのだろう。
ところで、株が下がるってどういうことだろう。つい口をついて出たけれど、こんな言葉誰かに教わったことあっただろうか。俺は首をひねった。
先生は村の方に身体を向けると、何故か足を止めて俺に疑問を投げかけてきた。何か言い残したことでもあったのだろうか。
「ちょっとした確認です。イーヴィルくん、君はいつ堆肥の作り方を知りましたか?」
「え?」
「少なくともわたしは教えていません。堆肥の作り方を教えてくれた人は村にいますか?」
どこか緊張感のある声。どうしてそんなことを先生が聞くのか理解できない俺の声はうわずった。
追い打ちをかけるように幻聴が自己主張を強めて、軽い頭痛が頭を走った。
「息の仕方を、親から教わる子どもはいませんよね」
『捧げろ』
「そうですね」
『捧げろ、捧げろ』
「堆肥だって、そうじゃないですか!誰だって知ってるけど、やりたくないから手を出していないだけで!」
『捧げろ、捧げろ、捧げろ』
動揺と怒りがこもった声が、思わずまろび出た。自分が立っている地面がボロボロと崩れていくような、そんな恐怖に追い立てられていた。
「……ありがとうございました、イーヴィルくん。今日はしっかり寝てくださいね」
いつもの先生が口にするような、寄り添う気持ちや慮る気持ちにあふれた声。冷徹にも感じられる彼女の声を聞いてしまったせいだろうか。それがとってつけたようなもののように感じられて、そして耳にこびりついて夜はよく眠れなかった。