42 去った過ち、すなわち過去
とはいえ全容をいちいち話していたら日が暮れるので、細部をかいつまんでの暴露になることはキララさんに了承してもらった。
「むかーしむかし、わたしは罪を犯しまして。名前を隠してたのはできる限り名乗りたくなかったのと、面倒ごとを起こさないためです」
「何の罪だ? お前がそんなヘマをするとは思えんが」
ヘマときましたか。キララさんの頭の中でわたしはどんな敵役になっているのでしょう。少し怖くなってきました。
「そこでは知識は特権階級のものでした。当たり前と言えば当たり前ですが。わたしはそれを破り、多くの人々に私が知る限りのことを教えたのです」
「……………………阿呆が」
「ええ、阿呆でした。おかげで彼らはもう生きていません。わたしが話せるのはこれくらいですね」
そこからだろう。人と接することが怖くなったのは。自分が与えたもので、授けた知恵で、その人が不幸になるのではないかと怯えるようになっていった。
積み上げた知識はひたすらに自分のために。重ねた年月は己の研鑽のために。
それでも怪我や傷に悩む人は助けた。治療なら、もとの姿に戻すだけなら問題はないはずだ、そんなことは起こらないはずだと己に言い聞かせて、どこかに留まることを嫌って旅を続けた。
名前なんて名乗れるはずもない。その名を慕って呼んでくれた人は、もうこの世に1人もいないのだから。
「とりあえず信じてやる、10年前は助けられたしな。メティスってのも元の名前のもじりか何かか? お前のことだ、流石にそのままってわけじゃないだろう」
「疑い深いですねえ。キララさんのそういうところ嫌いじゃないですよ」
私はニヤニヤと笑った。幼い風貌も相まって一挙一動がかわいらしい。煙草を吸っていなかったらもっといいのだが。
「――で、イーヴィルにはいつ教えんだよその名前」
「ひょ!?」
「ひょじゃないだろう、弟子を騙し続ける気か? というか名前教えるだけだろうが」
イーヴィルくんは弟子ではないけれど、キララさんの言うことももっともではある。わたしの頭は沸騰寸前になった。
そこそこ聡いあの子のことだ、名前のことを伝えても事情を察して、先生呼びのままになるかもしれない。それはとても気まずいことこの上ない。それに長らく先生と呼ばせておいて、今更名前を教えるというのもなんだか――
「あれ、先生にキララさん」
「ぴゃーっ!?」
なんでイーヴィルくんが1階に!? しばらくは部屋から出てこないはずでは!?
「おう、どうした。大人の会話に割って入るとは感心しないな」
「悪かったですね気遣いの出来ない男で。でもあの空間にずっといるのも気が引けちゃって、支部長もアーリャもどっか行っちゃうし、知り合いがいないとちょっと不安だったんです」
頭をかくイーヴィルくんを前に、私は言葉を失っていた。キララさんの「言うなら今だろ」と呆れたような視線が刺さる。確かにここで告白しなければ、私は一生機会を逃すかもしれない。
「あ、あのですね。イーヴィルくん」
「はい、なんでしょう」
「しゅ、襲撃には余裕があることですし、明日は郊外を一緒に歩いて回りませんか!?」
「もちろんいいですよ。特に何もしたいことなかったので」
わたしはヘタレだった。キララさんの「絶対コイツ本当のこと言わねえ」とでも言いたげな視線が心臓を撃ち抜いた。




