41 耳をふさいでも聞こえるもの
先生視点です
オルトロス討伐作戦まで残り6日。副支部長室で歓喜の声が上がった。
「「「「できたあ――――っ!!!!」」」」
何ができたかといえば、オルトロスの行動予測図である。イーヴィルくんの努力の甲斐あって、行動パターンは大まかに3通りまで絞り込むことができたのだ。予想される襲撃日は早くて5日後。もちろん警戒は解かないが、こちらが万全を期す前にオルトロスが仕掛けてくることはないとわかって張り詰めた空気は弛緩した。
冒険者たちはこの偉業を称え合った。その称賛の渦の中心には、胴上げされるイーヴィルくんがいた。
「大活躍だったな糞喰い、ひとえに純戦闘職が役立たずなせいだが!」
「あっぱれで御座る、イーヴィル殿。拙者が持ち帰ってきたウンコがこの成果につながったと思うと、鼻が高いでござるよ〜!」
声を上げているのは『滅刃』のガントと、『風来』のシノビ。どちらもそこそこ名のしれた冒険者である。前者は《伝承級》の大鋏蟹の討伐で先陣を切った功績もある。オルトロスとの戦いっぷりは期待していいだろう。
イーヴィルくんはといえば猛烈に照れている。確かに、ココガ村ではこんな大勢から褒められたことはないだろう。
「あっ、あのー! 大事なのはこっからなんじゃないですかー!?」
「あ!? な〜に生意気言ってやがる糞喰いよぉ!」
「そういうときはなぁ、『これであんたらがオルトロスにやられたら笑いもんだなぁ?』って啖呵切ればいいんだよぉ!」
「そっちのほうがよっぽど生意気でしょうが!?」
笑い声が部屋が沸いた。ああ、なんていい景色。
わたしは踵を返して副支部長室のドアに手をかけると――「どこに行く気だ、ピンク髪?」
キララさんに声をかけられた。彼女の顔はどこか不満げだ。それもそうだろう、今この部屋には明らかにたるんでいる空気が漂っているわけだが、場を必要以上に白けさせるわけにもいかない。緊張感は扱いづらいスパイスなのだ。下手にかけすぎると必要以上に彼らを委縮させてしまう。
「興奮が冷めるまで少し外に、ですよ。キララさんもどうです? しばらく宴会気分ですよ彼ら」
「付き合うよ、ついでに愚痴も聞いてくれ」
「はい、構いませんとも」
協会の1階に降りて、誰もいない待合の椅子に並んで座った。静寂がひどく心地いい。
「糞喰い、村じゃ蔑称だったんだって? すまんな、ピッタリなもんで勝手に決めちまった」
「大丈夫ですよ、あの子もちゃんと受け止められているみたいですから。むしろ悪口だったものを誇るべき称号に変えてくださって、ありがとうございました」
わたしはキララさんに頭を下げた。
「しっかし、一番弟子が褒め称えられてんのはさぞいい気分だろうな。なあ、魔術師さん」
「……? まあ否定はできませんね。短期間でここまで活躍できるとは思ってもいませんでした」
どこかトゲのある言い方だった。特に一番弟子が、と魔術師さん、の部分に。持って回ったよそよそしさを醸し出している。
「回りくどいのは嫌いだ。だから単刀直入に聞くぞ――お前、どうして誰にも名前を名乗らない? どうしてそれが何年も受け入れられてる?」
「……………………あら」
確かにそれはそのとおり。わたしは実際人前で名乗らないし、それが指摘されることがないよう少々魔術で細工もしている。今まで一度もバレたことはなかった。真実にたどり着いたのは今のところキララさん1人だけだ。
「気づかれたかって顔してんな、あ?」
「いえ、そこまで看破されたのなら答えますよ。わたしはメティス、ただのメティスです」
「その名前も怪しいもんだ。つーかなんで隠してた? 吐け」
「あれえ? そこは正直さに免じて深くは追及しないでやろう的な流れでは……?」
「なわけあるか! 不確定要素は排除するのがあたしの仕事だっ」
キララさんは一喝した。その勤勉さには頭が下がる。わたしがよからぬ企みをこさえているかもと、近くにも人を忍ばせているのだろう。
黙っている理由もないため、わたしは渋々語り出した。




