37 先生の本気
先生は俺の目をしかと見つめると、ぎゅっと手を握った。とても暖かい手だった。
考え直してみれば、確かに先生の言う通りだ。俺は今、手が足りないことを自覚はしても、また先生に頼ることもあるだろうと想定はしても、声に出してお願いをしてはいなかったんじゃないか?
自分の手に余る事態に直面するまでは、先生の手を借りたくはないと思っていた。
それは先生の目からどう映って見えただろう。俺がちっとも頼ってくれないように見えていたんじゃないか? 先生の目には、俺が先生のことを信頼していないように映ったんじゃないか?
「もっと頼れってこと、ですか?」
先生は穏やかな表情になって、首を横に振った。
「85点、ちょっと違います。わたしはイーヴィルくんが頼りたくなる人間になるんです。今ここで」
そこまで先生が言うと、ちょうどオルトロスを匿っていたらしいギャングのアジトに到着した。キララさんから伝えられた特徴とも一致している。
先生に先んじて乗り込もうとする俺を先生は手で制した。俺は何故だろうと思った。先生は魔術師、しかも回復もできる後衛だ。争いごとに発展するにしろしないにしろ、俺が前に出るのが一番効率がいいと思うのだが。
「わたし、こう見えて強いし容赦ないんです。キララさんのやり方だと甘いので、ちょっとアレンジを加えます。ギャング相手には『作戦に協力しないなら潰す』。これで行きましょう、下手なプライドは折って服従させるに限りますからね」
俺は先生の眼力に押されて、先を譲った。
ギャングのアジトは4階建てで、赤茶色のレンガで構成されていた。全体的に古びており、遠くからでもひび割れがいたるところに見えた。
敷地の中には大きな穴があり、わずかに石造りの空間がのぞいている。そこでオルトロスが飼われていたのだろうと推測できた。無造作に転がっている首のない遺体は、見なかったことにした。
正面入口の門には、面倒くさそうに腕を組むガラの悪い男たち。おそらく下っ端だろう。
先生は杖を掲げて、先を門に向けた。下っ端たちの何人かが先生に気づいて慌てだした。手早く武器を取り出し、先生に向かって走り出すものもいた。
「まずは挨拶と洒落込みましょう。――朱色の鳥。不死の霊鳥。炎で象られし宝玉の守り手。其は烈風を受けて舞い上がり、熱波を纏う神獣なり。その名はフェニックス!」
杖の先から魔術が形をなして飛び出す。呪文が紡がれ、不死の焔鳥が空を舞う。
魔術の弱点、それは詠唱に時間がかかること。詠唱の起こりを見られるとその間に対処されてしまう。
距離を詰めて大人数で叩き潰す、それが魔術師相手の正攻法だとユーリに聞いたことがある。実際、ココガ村でもそれで先生は魔物にけがを負わされてしまったのだとか。
では魔術師とは隙だらけで足を引っ張る職分なのか。そんなことはない。逆だ。そうまでしなければいけない爆発力と対応力を持ち合わせた存在だからこそ、敵から狙われるし味方には庇われるのだ。
「《違約執行・終局論理》!」
フェニックスがただひたすらに前方へと飛翔する。ギャングたちは自分たちのノロマさを呪っただろうが、もう遅い。焔鳥は主人の命に答え、その命を磨り潰して爆炎を引き起こした。無防備な突進しかできなかったギャングたちは、当たり前のようにその威力に耐え切れず倒れた。
――そして次の瞬間、その命を終えたはずのフェニックスは再び先生の杖の先に止まっていた。フェニックスは再び飛翔し、次の爆心地を生み出す。その繰り返しがいつまで続いただろう。
命がけの特攻とは、一度きりだからこそなのだ。命綱を用意しない戦法だからこそ、尋常ではない威力になる。それを連続して何度も放てるなんて相手からしたらたまったものじゃない。
先生の挨拶もといカチコミについて、俺が語れることはとても少ない。俺があっけにとられている間に、無頼漢たちはたった一人の魔術師の前に総崩れになっていた。
爆炎に満ちた蹂躙だった、とだけ残すとしよう。
Q.先生はつまり何をしたの?
A.早い話がバグ技。当然のことながら、召喚魔術は契約相手が死んでいないときにのみ使える。フェニックスが自爆すると「死んだ」扱いになり呼び出せなくなるが、フェニックスと結んだ契約自体は消えない。ので、これを「契約違反」だとしてフェニックス側に召喚するための魔力を支払わせる。なんと魔力消費が最初の一回だけで済む。契約と召喚魔術が失効するタイミングや条件の違いを利用した裏技だ。
つまり、
フェニックスを呼ぶ→自爆させる→再召喚しようとする→召喚魔術がフェニックスを見失う→契約によりフェニックスが勝手に召喚される→自爆させる→(以下ループ)
対処法? フェニックスの自爆に耐えられる装備を整えてください、以上!




