36 呪い
俺と先生は早速関門をくぐって郊外に向かった。道中、俺はそもそも呪いとは何かについて先生に質問した。
先生はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの表情で俺の頭を撫でた。撫でられたのは嬉しいが、15になっておきながら子供扱いされるのは少し悲しい。
「まずわたしたちの身体には魔力と呼ぶべき力があります、そこは知っていますか?」
「初耳です、なんですかそれ」
「もうひとつの体力みたいなものです。水の入った2つの桶を想像してください。魔術を使うときは魔力のお桶から、肉体を使うときは体力の桶から水を取り出します」
「なるほど、用途によって違う桶から水を汲んでいるんですね」
「そういうことです。そして呪いの話に戻りますが、これは魔力の桶に作用してわたしたちの身体を蝕むのです」
「つまり、呪いのせいで外に出すはずだった力が暴走させられる、みたいな感じですか?」
「大正解です! とはいえ暴走というよりは変質させられる、ですね」
呪いによってはバズーさんのように身体まで魔物になってしまうのです、と先生は深刻そうに語った。
さらに先生が語ることには、普通の魔物が持っている呪いは多くてひとつ、そもそもないことがほとんどだという。しかしオルトロスのような強力な魔物の中には、複数の呪いを一度に行使することができるのだとか。
オルトロスの幼体と戦っていたとき、俺は支部長から、口から吐き出される黒い霧に触れないようにときつく言われた。恐らくはあの中にに呪いが渦巻いていたのだろう。ウンコの神の鎧がちゃんと密閉されていたおかげだろうが、軽く触れても身体が多少重くなるくらいだった。
「そしてイーヴィルくんが気になっているであろう呪いと呪った側の関係ですが、これはよく弓と矢に例えられます」
「オルトロスが弓で呪いが矢、ですか? となると弓を壊しても矢傷は治らない、ということですよね。じゃあ討伐はやめさせないとじゃないですか……いや、もしかしてあれですかね。オルトロスの内臓か何かから解毒薬が作れるから倒しちゃって問題はないってことですか?」
「…………正解、です」
先生はぽかんとした顔で俺を見つめた。
なんだろうこの沈黙、スウォールに来た日にも味わったような気がする。いやちょっと違うかも。
ちょっと待て、それなら支部長の言っていたことはおかしいな。オルトロスをただ倒しても呪いは解けない。ああ、でもオルトロス側がわざと支部長の呪いを解けば、その呪いに乗っかって生きている支部長も死ぬという意味では、合ってるのか? 混乱してきた。
「イーヴィルくん」
「はい、なんでしょうか先生」
「わたしは今とっても後悔しています。正確に言えば君と旅に出て何度目かの後悔です」
「ど、どんなふうにでしょうか?」
「こんなに物わかりのいい子なら、もっと早くあの村から連れ出しておけばよかったのに、と」
「……もっと早く?」
先生の言葉にはどこか不自然さがあった。
俺が旅に出ようと思ったのはユーリがきっかけだ。先生じゃない。連れ出すというのも現状に合っていない。俺は誰に誘われるでもなく外の世界に踏み出したのだから。
先生はうつむきながら口を開いた。なぜかそこには罪悪感がのぞいていた。
「わたしはあなたの心までは助けてあげられませんでしたね。あなたがココガ村の人から嫌がらせを受けているのを見ても、何も言わずに何度も村を去りました」
「そんなことまでする義理は先生になかったですよ。毎回声をかけてくれただけでも俺は嬉しかったです。看病とかもしてくれたじゃないですか」
体調を崩した時、俺は偶然村を訪れていた先生に看病してもらったことがある。それも1度や2度だけじゃない。先生が慈悲深い人物であることは疑いようのないことだ。
「君には頼れる大人がいなかったのに、わたしはずっとためらい続けていました。村でずっと嫌われるくらいなら一緒に旅に出ませんか、と伝えられずにいました。君が重荷になることを恐れたからです」
「実際重荷になっているところを思うと、申し訳なさが……」
「子どもが大人のお荷物なのは当たり前のことです! 誰だってそうやって大人になるんです!」
俺は怯んだ。今このタイミングで先生に怒鳴られるとは思っていなかったからだ。通行人の視線が何事だと少しこちらに向いた。
「ユーリ君に憧れて、善人であろうとすることまでは否定しません。でも、他人の命なんてまだ15の君だけが背負うものじゃないんです。それを忘れないでください。……わたしにも、背負わせてくださいね」
先生の顔は悲しげだった。悲壮と称して差し支えない。
知らなかった。先生がココガ村にいた俺を見て、そんなことを思っていただなんて。
つまりオルトロス倒したら支部長死ぬの?
→死なない。死ぬと思い込んでるだけ。思い込みの迫真っぷりにリーシャは「噓は言ってないなこいつ」と信じ込んでるけど




