06 ユーリから見るココガ村
ココガ村は一見普通の村で、ちょっと普通じゃないところのある村だった。
まず作物がおいしい。全体的に大きく育っているのだ。実入りがいい、というやつだ。
そしてその秘訣は、親友イーヴィルにあった。ココガ村の人たちからは嫌われているらしい彼だけど、何かきっかけがあればきっと仲直りできると思う。だって僕の親友だしね。
そして今日は偶然にも、親友の幼少期を知っているという女性に会い話をすることができた。僕と同じ旅人で、村の人たちからは先生と呼ばれているらしい。ピンク髪にポニーテールの美人だった。
先生に話を聞いたところ、恐るべき事実が発覚した。彼の出自は普通ではなかったのだ。
すべての赤ん坊は出産時に教会の祭壇に置かれ、神々から祝福を受ける。
そして教会の祭壇めがけて天から降る祝福の光が多ければ多いほど、才覚に恵まれているとされている。
別に一切光らなかったところで「運が悪かったね」程度のよくあることだ。
けれど、親友イーヴィルは違ったというのだ。
先生はその場に居合わせたわけではなく村人から聞いた話になるそうだが、祭壇に置かれたイーヴィルには、祝福の光ではなく異臭にまみれた闇色の悪霊が入り込んでいったというのだ。
「もしかして、彼が村人から嫌われてるのって」
「はい。祝福の代わりに悪霊が入り、いつその悪霊が牙を剥き本性を現すのかと、イーヴィルくんは警戒されているのです」
「……あんまりだ。彼は村のためにできることを精一杯やっているのに」
「そうですね。彼の堆肥作りが、ココガ村の皆さんに受け入れられるといいのですけど」
親友が最近は幻聴にも悩まされているとも先生はため息交じりに述べた。村八分にされて精神がきしみ始めているのかもしれない。心の傷に効く薬は寡聞にして聞かない。先生の顔には無力感が浮かんでいるように見えた。
思考を整理して、親友イーヴィルの現状に思いを馳せた。そしてある事実に気づいた。
「先生、いまタイヒって言いました?」
「え?ええ。そうですけど」
「先生は物知りですね。彼が使うあの魔術の名前を知っているとは。いや、魔術具と呼ぶ方が正しいんですかね?」
「――、あ、はい。そう……ですね」
まるでその視点はなかったとでも言いたげな顔は、きっと見間違いだろう。
糞尿やゴミクズを混ぜ合わせてまいただけで野菜がおいしく育つとか、普通考えらえない。魔術だというならやはり納得だ。合点がいった。僕には魔術――地域によっては魔法ともいう。このふたつに厳密な区別はない――の才能も知識もがなかったから、確信が持てなかったのだ。
出自のせいで疎まれていた親友に、村人は対等に役割を当てようとしなかっただろう。だから汚物を用いて作物の成長を促す魔術くらいしか、任せてもらえることがなかった。
先生は魔術にも造詣が深い人だ。旅仲間の魔術師、マリアともよく話が合っていた。きっとこの人が彼にタイヒを作る手順を教えたに違いない。
魔術が使える人間の価値は、そこらの人間の価値より上だ。立場の逆転を簡単に認めるほど村社会は甘くないはず。先生は不本意だったことだろう。この村で嫌われている彼に真っ当な魔術を教えても、村人との更なる軋轢を生みだしかねない。だから先生が教えるのはタイヒの魔術でなければいけなかった。
もし先生が教えたのでなければ、彼の中に入ったという悪霊が彼にタイヒを作らせて、ココガ村の作物の出来をよくしているということになる。が、その可能性はなくなった。あるかもしれないと思い込んでいた不穏の芽は、僕の勘違いだったようだ。
ユーリは堆肥を知りませんでした。一般的な知識じゃないみたいですね。
この作品において、魔術と魔法は同じものです。大判焼きと今川焼きみたいなものです。時々呼び方の違いで喧嘩になります。