33 勇気の源
副支部長室での話し合いはいったん終わった。俺は先生と今後の方針について協会の片隅で話し合いをしていた。ウンコの神も会話相手が欲しいのか出てきていた……相変わらず俺の肛門から。
「イーヴィルくん、オルトロス討伐は辞退しましょう。領主から出た命令とはいえ、従う義務は一介の冒険者にはありません。別の町に向かうのが最善です」
「武を示す機会ではあるが強制はせん。無理はするな、超越神には思いやりの心もあるのだァ」
「……神様はともかく。先生は、何もしないつもりなんですか」
「君の安全を考えるならそれが一番です」
真剣な顔で、先生が俺に覚悟を問いかけた。これは魔物の大群を片付けるとか、そういう話じゃない。絶対王者を引きずり下ろすための戦争だ。
しかも仕掛けるのはこちらから。子どもを人質に舞台の上に引きずり出して、復讐に燃える炎の炉に叩き落す。俺は今、そうなりかけている現実を一歩引いたところから見ている。
俺は幸いにも奪われたことはない。はじめからほとんど何も持っていなかったから。だからココガ村が魔物に襲われて命を奪われた村人を見たときも、守れなかったことを悲しみはしても、喪失感はあまり覚えなかった。
だから復讐鬼の気持ちがわからない。残っているものすべてを犠牲にしてまで復讐をするべきだと思う人の気持ちがわからない。郊外の人の生活を、命を懸けて戦う冒険者たちの命を、復讐のためなら容赦なく費やせるっていう気持ちが、わからないんだ。
人の命が燃える。誰かの生活が薪となる。それは悲しいことだ。無いほうがきっと喜ばしい。
でももし、そうすることでしか明日に進めない人がいたとしたら? 明日も生きようと必死にもがいて、その過程として仕方なく誰かを傷つけているのだとしたら?
俺も、もしユーリがあの時死んでいたら、何が何でも魔物を全部殺さなくちゃって思ってただろう。こんな悲劇を二度と起こしちゃいけないって、そんな気持ちになっただろう。それを邪魔するやつがいたら、たとえ先生であれ排除しようとしたかもしれない。
――でもそれは、誰かから大切なものを奪って成り立っているものだ。俺は今、郊外の安寧とオルトロスの確保、それに伴う解呪を天秤にかけている。そしてそこから逃げ出すという選択肢も目の前にある。
「なあ神様、あんたはどう思う? ひとつ啓示でもしてみてくれよ」
「いいだろう! 望む望まないにかかわらずウンコは出る。今日のウンコを明日ひねり出すことはできない。逆もまた然りである。お前はただ、今日バナナウンチを出すことにのみ集中すればよいのだァ」
啓示かなあこれ。俺は首をひねった。
「バナナウンチですか、健康的な証ですね」
「先生になんてこと言わせてんだ、ウンコで例えんなウンコで」
余に舌を噛んで死ねと申すか、と不満顔のウンコの神。俺はお前が舌噛んだだけで死ぬやつとは思えないよ。それにしたって言い回しが難解だ。
「えーと、つまり後悔しないよう好きにしろって言ってる?」
「然り。お前は勇者もどきに感化されお人よしとなった。そのサガを曲げることはできまい。忘れるなよ、お前はその瞳に何を見る?」
「甘さと弱さを。俺は一生抱えて生きていく」
ウンコの神が俺の瞳の奥を見つめた。覚えているとも、支部長に言われたことだしな。
それは捨ててはいけないもの。人間を弱者たらしめる急所であり、人間を強者たらしめる信念。
俺の場合は、誰にだって手を差し伸べること。理想を描く勇気。ユーリにもらった大切なもの。
俺は助けたいと思っている。郊外に生きる人の生活を守りたい。リーシャさんの夫だというケビンさんやキララさんの呪いを解きたい。支部長には復讐ではなく、アーリャを思って生きていてほしい。
どれかだけに肩入れするなんて不誠実だ。だから全部背負ってやろう。
「お前が背負うのはお前自身のみにあらず。過ぎた重荷ではないか?」
「だから俺は頼るんだよ。力をお前に、知恵を先生に、勇気は理想に」
これが俺の3本柱だ。1本だけ酷く近寄りがたいが、まあしょうがない。
「世話にもなっていない連中に、お前は慈悲を与えるのか。感謝されるとも限らんぞ」
「誰かに手を差し伸べることが、打算であってたまるかよ」
あの時ユーリが言葉を投げかけてくれたのが、何かの算段あってのことなものか。
俺がそう答えるとウンコの神はにんまりと笑って、好きにするがいいと言い残した。
ウンコの神は、最初から俺がどうするか何となくわかっていた様子だった。相変わらずひどいやつだ、俺に発破をかけるためにわざと「無理はするな」なんて最初に言ったんだろう。
俺は苦笑いを浮かべた。




