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29 なぜオルトロスは郊外にいたのか

 時間は少し巻き戻る。

 オルトロスの幼体はスウォール郊外のとあるギャングの根城の地下室に飼われていた。

 本来は人間を入れるはずだった牢の中で、足に鎖を付けられてながらも優雅に昼寝をしていたのだ。


 オルトロスが牢に入れられてから4日ほどが経っている。ギャングたちはこれを「実力で捕まえた」と思っているが、オルトロスからすれば「遊んでくれたから」付き合っているに過ぎなかった。

 狩りにいかずとも肉は出されるし、雨風もしのげるし、口うるさい「母」もいない。幼きオルトロスにとって、この場所は偶然見つけた穴場だった。


 ギャングはこのオルトロスを交渉材料に、壁内に殴り込む算段であった。10年前に彼らが郊外に根を張るきっかけになった、オルトロス襲撃事件。領主は壁内の復興を急いだあまり、壁外にはガラの悪い連中が入り込む隙間が生まれることとなった。あれを意図的に起こせれば、ヒビが入った体制にとどめを刺し、自分たちがスウォールの支配者になれるのではと考えたのだ。


 その目論見は、たったひとつのウンコによって覆されることとなった。


 オルトロスの鼻を不快なにおいがくすぐった。普段の生活ではよく嗅ぐにおいでもある。ウンコの匂いだ。ここは自分の縄張りだと主張する不遜な物体の香りだ。


 オルトロスに縄張りはない。気の向くまま地域をまたぎ、狩りたいものを狩る。だからこういったマーキングには嘲笑を浮かべる。生命として圧倒的に格下の存在が放つ、精一杯の主張。それがあまりにも滑稽に思えるのだ。舐められて困る程度の格しか持っていない生き物が、縄張りなんてものを必死に訴えかけるのは哀れに思えてしょうがない。


 真の王者の前には誰しもが傅くのだから。縄張りなんて、持っていることそれ自体が窮屈だ。 

 そのように考えていた若きオルトロスにとって、ここまで匂うマーキングは初めてだった。


「我こそは最強であると思うものはやって来るがいい」

 

 これほど意思のこもったマーキングはそうそうない。普通はもっと漠然としているものだ。

 だがオルトロスが出向くほどの価値はない。そう考えていると、続く匂いが鼻を刺激した。


「てっきりオルトロスが食いつくやもしれぬと思ったが、杞憂だったか。犬畜生、戦う前から敗れたり!」


 そのオルトロスの精神は未熟だった。「母」であれば乗らなかったであろう挑発に、何をいい気になってといきり立ってしまったのだ。

 自分より弱い生き物に勝手に負けたことにされた。こんな事があってたまるか。

 思い知らせてやらなければ。自分はたとえ幼くとも王獣の末裔であるのだと。


 かくしてオルトロスは身体に付けられていた煩わしい鎖を引きちぎると、ギャングの地下牢を飛び出してマーキングのもとに駆け出した。




 5分で決着はついた。

 オルトロスは敗北した。

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