23 何はなくとも日は昇る
一夜明けて、俺とアーリャは市場の手伝いを任されていた。主な仕事は木箱に入った果実やら野菜やらを運ぶ力仕事だった。
アーリャは昨日の話で仕事どころではないかと思っていたが、そうでもなかったらしい。上手く切り替えられていたようで何よりだ。
昼休憩に入ると、俺はアーリャと話をした。空の木箱に座って、サービスだと言って渡された果物をかじりながら、アーリャはため息交じりに俺に愚痴を吐いた。ところで俺にはそのサービスとやらはなかったんですけど、これが新人と先輩の差ってやつなんですかね。
「あ~重かった! あんた男なんだからあたしの分までテキパキ運びなさいよね」
「はいはい、わかったよ先輩。でもよかった、てっきり昨日の話のせいで引きこもってるかと思った」
「……そうね、そりゃショックだったわよ」
おや、昨日までのアーリャならここで俺の耳でもつねって、「だれが引きこもってるって?」と睨みをかけてきそうなものだが、今日の彼女はしおらしい態度を見せていた。
上手く切り替えられていたように見えたのは、表面上のことだけだったらしい。今もアーリャの心の中は、突然支部長から突き付けられた情報の数々に悩んでいるのだろう。
「あたしね、拾われたのよ。10年前あの人にさ。物心つくちょっと前のことよ」
アーリャは顔の火傷跡をさすりながら、自分の幼少期について語り始めた。
実の娘のように育てられたこと。支部長に服を選ぶセンスがなくて、同年代の女の子から笑われたこと。それを聞いてふたりしてひどく落ち込んだこと。
ギャングに運悪く捕まって、支部長がそのギャングを壊滅させてまで助けに来た日のこと。自分が日々過ごしている場所が、歴史のあるスゴイ場所だと知った日のこと。
支部長との思い出を整理したかったのか、それとも単に過去を誰かに聞いてほしかったのか、それはわからない。
「それから協会の仕事をずっと手伝ってるけど、危ない依頼はさせてもらえなかったわ。魔物討伐とか、ギャングの仲裁とか。支部長が全部1人でやっちゃうの」
「そりゃお前――」
お前のことが大切で、危険にさらしたくなかったんだろと返そうとしたが、アーリャが泣き出しそうな顔をしているのを見て俺は口をつぐんだ。
こいつもわかっているんだ。長い間支部長に大事にされてきたことを。それでも、あの人の隣に立てるほど自分が強くないのが、危険な仕事に連れて行ってもらえないのがやるせないんだ。
「イーヴィル、あんたは何のために冒険者になったの?」
「勇者の剣を見つけるためだ。今はその旅の途中」
「……ぷっ」
「おい笑うんじゃねえ、俺の親友の夢なんだぞ」
「いやごめんって。でもそんな伝説を真顔で追っかけてるの、ガキかバカくらいしかいないっつの」
間接的にコイツ今ユーリを馬鹿にしやがった。俺の血管がピキリと音を立てる。でも手は出さなかった。ここで手を出しでもしたらそれこそ俺がガキかバカのように見えるだけだし、何より支部長の制裁が怖い。大泣きでもされたらどんな裁量が下るかわからない。
「……じゃあ、先輩はどうなんだよ。将来したいこととかあるのか?」
少し間を置くと、アーリャは遠くの空をぼんやりと見つめた。
「聞いた話だけど、郊外はもともとこんなに治安が悪い場所じゃなかったの。10年前、1匹の魔物のせいでめちゃくちゃにされちゃったって」
物心がつくかつかないかくらいのときのことだから、街がめちゃくちゃになった記憶はないんだけどね、とアーリャは言葉を吐いた。
俺の耳はピンと立った。1匹の魔物にスウォールが蹂躙されただなんてにわかには信じがたい。いったいどれだけの強さがあれば、街ひとつを壊滅させられるというのだろう。
「呪鎧血狼、呪いを振りまく双頭の怪物。そいつが支部長をあんな姿にしたのよ。間違いないわ。いつかそいつを倒すのがあたしの目標よ」
あの人が呪われたっていう10年前と時期もぴったり合うしね、とアーリャは断定するような口調で口にした。
とはいえ、仮に支部長を呪ったというオルトロスを討伐できたとして、支部長は元に戻るのか? あの人は一度死んで、それから魔物としてよみがえったと言っていた。どこまでが呪いの作用かわからないが、もしかするとその呪いが今も支部長を魔物として生かしていて、その呪いを解いたら死んでしまう、なんてことはないだろうか。
俺はその懸念を口に出さなかった。黙っていることで生じる不利益も覚悟してのことだ。憶測だけ語って不和を生んでも意味がない。支部長本人に確認するのが筋だろう。もしくは、呪いとかに詳しい人に。
「あたしね、この街が好きなの」
もちろん壁外のね、と付け加えるアーリャの顔は、それはもうすがすがしいものだった。
「旅人は壁の中だけ見て満足してるんだって。もったいないことこの上ないわ。あたしをかんこーたいしってのに任命すれば10倍は満足できるのに!」
「例えばどんな?」
「ディッカ・ファミリーの闘技場、ストラスのウォールアートでしょ、焼却場のゴミ専門美術家に――ああもう、語るより見ろってやつね。行くわよ!」
「えっちょっおい!?」
百聞は一見に如かずと言いたかったのか、アーリャはオレの右腕をつかんで、笑顔で市場を駆け抜けた。おいまだまだ仕事終わってないぞ。支部長に怒られるだろこれ。
「なに浮かない顔してんのよ、あたし直々の紹介よ!?」
「仕事終わってからじゃ駄目なのかよ……!」
「ふざけないで、日が暮れるでしょうが。今日でスウォール名所トップ10は全部回るんだからね!」
ふざけてんのはお前の行動力だよ先輩、と言ったらみぞおちにグーパンチを喰らった。
慈悲はないのか慈悲は。




