22 親として
支部長の言っていることがすべて間違いだとは言わない。上司としてなら、それでよかったんだろう。今の組織の現状を正しく部下に伝えて、別の組織に移るよう伝えたのはさ。
でもあんたらふたりはそんなドライな関係じゃないだろう。支部長と冒険者ってだけの関係じゃないだろう。もっと交わすべき言葉があったんじゃないのか。
「あんたは大人としての責任を果たそうとしたんだろうさ。でも、子どもの気持ちも考えてやってくれよ。アーリャはきっと、まだあんたっていう巨木に寄りかかれると思っていたんだから」
「……そうか。それもそうだな。あとでアーリャとはきちんと話すとしよう」
支部長はしみじみとした様子でうなずくと、包帯を身体に巻きなおした。樹木のような印象しかなかった身体が、徐々に見慣れた人型に近づいていった。
「ところで、オレの《炎刃》を覚えているか?」
「え、あの剣燃やしてたやつですよね。俺を助けてくれたあれ。それがどうしたんです?」
「あれは伸ばしたオレの指を燃やしているんだ、こんな風にな。この身体になってはじめて使えるようになった技だ」
そう言って支部長は親指をにょきにょきとまっすぐに伸ばすと、こぶしから発火してパチパチと燃える音が響いた。なるほど、傍目には燃えている剣を握っているように見える。武器を携帯している必要がないのは利点だろう。
でもどうして今その《炎刃》とやらを出したんですかね。火事になりそうでちょっと怖いんですけど。
「この身体は、人間だった時と比べると柔くてな。ちょっとの負荷ですぐ限界が来る。また生やせるからなんだろうがな。だから過去の経験に頼った戦い方はできなくて、魔物討伐ではこれに頼らざるを得なかった。最初は人の姿を保つのも一苦労だったな」
何度あの子の前で正体がバレかけたか、と支部長の語る言葉には不甲斐なさがにじんでいて、少し俺の境遇とつながったたような気がした。ウンコの神の力。それは俺にとって、使わなければ魔物と戦えず、とはいえ積極的には借りたくはない力。
あの鎧は、今の俺の無力の象徴でもある。俺は一人きりじゃ、剣だってまだマトモに振れやしない。練習はできる限りしてるんだけどな。
「得体の知れない力に悩むお前を見ているとな、助けたくなったんだ。何かできやしないだろうかってな。オレの目に映るお前は、まるでオレそのものだった。だから手本になりたいと思ってしまったんだ。その結果がこれだ。張り切りすぎたな、オレは」
「そんなこと言わなくても、支部長は俺のお手本ですよ。アーリャだってきっとそう思ってます。だから――」
「お前は信頼できる。いいやつだ。……託しても、いいか?」
何を、なんて聞き返す必要なんてなかった。彼は、既に協会は無いものだと口にしていた。ならこれからも面倒を見るべきものなんて、それが誰かなんて、そんな質問ができるわけもなかった。
親として、子どもが引越しした先でもやっていけるか心配になるのは、当然のことだろう。
「ごめんなさい、無理です。俺はスウォールには留まれません」
「……この街は、気に入らなかったか?」
支部長は、悲しげな声で俺に理由を尋ねた。俺は首を横に振った。気に入らないわけがない。滞在期間は短いけれど、スウォールで起こったどんなことも俺の頭の中に大事な記憶として刻まれている。
俺は言葉を探した。旅に出た理由。親友との誓い。俺に手を差し伸べてくれた人がいたという、他人から見ればひどくちっぽけな奇跡でも。それが俺にとっては、何にも勝る原点なのだ。
「俺は、勇者の剣を探す旅の途中なんです。どれだけ荒唐無稽でも、本当にあるかわかんなくても、絶対に見つけるって親友と約束したんです」
「そうか。そうか……勇者の剣か。なら、ここで立ち止まるのはよくないな。さっきの話は忘れてくれ」
支部長は大きく首を振った。俺の背中を押すような言葉が口に出されたのが悲しかった。彼の期待に答えられないことが、これ以上となく悲しかった。恩人に無理をさせるのは、つらい。
でも、この信念を曲げることはしたくない。たとえ何があったとしても、旅に出た理由と胸の熱だけは失いたくはない。スウォールでの生活が、たとえ旅をするより幸福な生き方だったとしてもだ。
「確かに、お前に出会わなければ今日アーリャが悲しみに暮れることはなかっただろう。だがな。オレはお前に会えて、アーリャに真実を伝えたことを後悔できる自分でいられた。――ありがとう」
冷たくなってしまった野菜スープを、もったいないからとすくっていたスプーンが止まった。
あーもう、塩味わかんなくなっちゃったよ。味付け苦労したのにさ。




