21 喪失はいずれ
Q.壁内の協会の受付さんは郊外にも支部があるって言ってなかった?
A.今も営業してるとは言ってない。
俺も言葉を失った。あまりにも衝撃で、口に手を当てずにはいられなかった。ずっと黙っていたし、口をはさむつもりもなかったが、それでも驚きは顔に出るものだ。じゃあ俺たちは、10年前からなくなっていた組織の一員として働いていたのか。
「どういうことよ、それ!?」
「言葉通りだ。スウォール郊外冒険者協会支部という組織は、書類上10年前から存在していない。もうとっくに解散しているんだ。お前たちに給金や補助金と言って渡していたうちの大半は、オレが死ぬまでに稼いだものだ」
もちろん死んでから稼いだものもあるが、と支部長は続けた。
そんなのって、ありかよ。俺は唇をかんだ。
しかし先生は言っていた。冒険者協会は仲介業だから、数をこなさなければいけないと。依頼をおいて掃除なんかを任せる余裕はなかったはずだと、気づけたはずなのに。最初からここに辿り着くヒントはあったんだ。普段2人しかいない組織が、過不足なく運営されているはずがなかった。どこかで不足分が補われなければ差し引きが合わない。
「じゃあなんで、壁の中から送られてくるのよ。人も物も、あっちからいっぱい押し付けられて!」
「キララの好意だ。それを知ったのは、つい最近だったがな。それまでは皮肉か嫌がらせか何かだとオレも思っていた。あいつには迷惑をかけたからな」
支部長の視線がこちらに向けられた。ああ、俺のせいだ。俺が思いついてしまったことを言わなければ、あの時ウンコの神の誘いに乗っていなければ、こんなことにはなっていなかったはずなのに。
手に汗がにじんだ。俺は俯いていた。支部長の顔を見れなかった。
「――ひとりにして!」
アーリャが部屋を出ていった。食べかけの夕飯を置き去りにしたまま。とっくに冷え切っていたスープに涙が一滴、ポチャンと落ちた。
部屋には俺と支部長だけが残された。やるせない気持ちでいっぱいで、俺も泣いていた。
こんなことになるなら、俺は郊外に来た日に街にとんぼ返りしていればよかった。おじいさんに受け取った野菜のお礼はよして去っておけばよかったんだ。そうしておけば、支部長もアーリャも傷つくことはなかったのに。
「すみ、ません。俺が、俺がっ。変なことしなきゃ、変なこと言わなきゃ、支部長がこんなこと言わなくたってっ!」
「前から言わなくちゃいけなかったことだ、お前が悪いわけないだろう。ただのきっかけに過ぎないんだ。むしろ言わせてくれ、ありがとうと。お前は俺に決心をさせてくれた」
「そんなのっ」
じゃあなおさらダメじゃないか。この話を切り出してもアーリャが傷ついただけで、前みたいな仲にはもう戻れなくなってしまったかもしれないのに。
10年築き上げてきた信頼を、関係を壊してしまったのに、どうして俺にそんなことが言えるんだ、あんたは。短い時間なんかじゃないだろう。腰か膝くらいの高さくらいしかない子どもが大きくなっていくのを見て、あんたみたいな情の深い人が何も感じないわけがないだろう。娘みたいな関係のアーリャに別れを切り出して、他の誰でもないあんたが悲しくないわけないだろう。
「何も言わないまま俺が正気を失う日が来たら、それこそアーリャに悪い。今日のお前と同じだ。オレがアーリャを、真実を受け止めるには弱い子だと思っていることになる。彼女はもう、子どもじゃない」
「――子どもだよ! あいつ何才だよ、まだ親に頼っていい年だろ!? 頼らせてやれよ、そういう親でいてやれよ!」
「オレはあいつの親じゃない。拾っただけだ」
「だけなんてことがあるかよ、あんたはもうあいつの親なんだよ!」
俺には親なんて気の利いた存在はいなかった。だからわかる。無条件で信頼できて、頼れる大人がどれほど得難い存在か。そりゃ世の中にはよくない親ってのもいるんだろうが、頼れるものなら頼りたいだろうさ。頼れるものであってほしいし、寄りかかったら助けてくれるものであってほしいんだ。
俺は叫んでいた。敬語は吹き飛んでいた。やっぱだめだな俺は、礼儀正しくしようとしても感情が高ぶるとこれか。先生に叱られちまうよ。




