15 おじいさんに恩返し
ウンコの神はおじいさんの周りをぐるぐる回るように飛び回ると、怪しげな笑みを浮かべておじいさんに疑問を投げかけた。
「農業を営む老人よ、さては最近動物による食害に悩まされてはいないか?」
「あ、ああ。なんか変な顔してるくせしてよく分かるのお」
「フハハハハ! 余は全知全能であるゥ!」
なんと。おいしい野菜は野生動物に狙われるのか。農業に詳しくない俺は驚いた。
「我がしもべよ、この老人に何かできることはないかと頭を悩ませていたな」
「ああ、俺にできることなら何でもしたい。こんなに野菜もらったんだからな」
「お前さんや、無理はせんでくれよ?」
「大丈夫だっておじいさん。こいつ悪魔みたいなナリだけど、命を奪ったりはしないからさ」
「その通り。命を捧げるくらいなら、その命尽きるまで余にウンコを捧げよォ!」
おじいさんが明らかにウンコの神に引いていた。ホントに大丈夫か、と今にも言い出しそうな顔で俺を見つめてきた。俺は目をそらしかけたが、しっかりとおじいさんの目を見つめ返した。
確かにコイツは頭がおかしい。でもそのおかしさが今のところ人を傷つけたことはないんだ。
まあいつ裏切ってきたとしても俺としては驚かないけど。
俺は野菜の入った籠を地面に置き、ウンコの神からの呼びかけに備えた。
「ではしもべよ叫ぶのだ。《変身》!」
「《変身》!」
「な、なんじゃあ!?」
一体何の呪文かと思えば、ココガ村を魔物が襲った時にお前がくれた鎧が俺の身体を包んだ。なるほど、《変身》と叫べばこれが使えるのか。
気味が悪いデザインの鎧を見て、おじいさんが後ずさった。まあそうなるよな。
「ええと、心配しないでおじいさん。俺に問題はないから。ほら、さっきおじいさんの周りを飛んでたやつもここにいるだろ? こいつがやったんだよ」
俺は胸部に居座るウンコの神の顔を指さした。するとピコン、ピコンとあと3分で変身が切れるアラームが鳴り始めた。なんだ、こいつ余裕な態度しておいて結構ギリギリじゃないか。
てっきり体の自由も奪われるかと思ったが、今回はしないらしい。前回が特例だったのか?
「な、なんか変な音も鳴りたしたぞい!?」
「うん。まあ3分で終わるからおじいさんは見てて」
「では我がしもべよ、もう少し右に進むのだ。このままでは位置が悪い」
「何するつもりなのか先に教えろっての。畑に変なことするんじゃないだろうな」
良かれと思ってやったことが大問題になる、というのは先日俺が味わったことだ。事前に何をするかを聞かなければ、事前に却下することもできない。
「畑には手を出さないとも。畑を守るために外敵が近づかないようにする。それだけだ、何もやましいことはない」
「お前の心にやましさがカケラでもあったら驚きだっつの。でもそれならまあ……いいか?」
何をするかについては相変わらず情報量がゼロだが、畑に手を出さないならおじいさんが被害を受けることは多分ないだろう。あったら全力で謝って弁償しよう。
「ほら、移動したぞ。ここからどうするんだ?」
「まずはリラックスだ。深呼吸をしろ。したか? したな、足幅を肩幅より少し大きく開き、中腰になれ」
「……なんか儀式みたいだな、これ」
「儀式だとも、これでも食害ゼロ間違いなしだ」
俺は中腰の姿勢でもう一度深呼吸をした。徐々に日が傾いている。帰ったらおじいさんからもらった野菜でスープを作ろう。市場に寄って果物とか干し肉とか買っちゃってもいいかも――
ブリブリブリ。
「ふう、余もスッキリである。我ながら善いことをしたものよ!」
――ウンコじゃねーか! 俺はウンコの神が誇らしげな顔を浮かべている胸部を殴った。ドラミングのように殴った。
「てっめえ、どんな正当性があってウンコしてんだ、あ!?」
「ウンコとはマーキングだ。このウンコの匂いを嗅いだ動物はこの一帯を余のテリトリーと察し、余の強大さに恐れをなし逃げ出すことだろう。そして余のこの計画は2段階――そら来たぞォ」
何が来たんだと聞く暇もなく、耳に残る長い遠吠えが聞こえた。
狼の声だ。それもひとつやふたつではない。どんどんと遠吠えの数は増えて、急にピタリと消えた。
なんとなく次に起こることが分かった。俺はおじいさんに逃げるように、そして支部長を呼んでくるよう叫んだ。
狼たちがやって来る。




