表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/97

04 忘れる事勿れ

「親友、元気かい!」


 小屋の裏手にある堆肥場で作業をしていたところ、昨日の泥棒もとい変態から元気いっぱいに声をかけられた。

 声色を繕うのも忘れて、トーンダウンした声で俺は絞り出すように答えた。


「……何で来たんだよ」

「……来たらまずかったかい?」

「臭いだろここ。あと汚いぞ俺」


 回収した糞尿やごみクズを身長くらいの長さのヘラで混ぜながら、俺はユーリの方を向くこともせずに作業を続行した。

 俺の衣服や靴には混ぜる過程でどうしても汚れが付着してしまう。肌に付着することだってある。言わずもがな、同時に悪臭もだ。多分今頃ユーリは鼻をつまんで道を戻っていることだろう。


「えっと、桶は……」


 ヘラから伝わる手ごたえや見た目から、水分量は適量より少なめだと判断できる。振り返るのが面倒だったので片手を後ろに伸ばして、あらかじめ用意していた水の入った桶を手に取ろうとして、


「はい、これ。よそ見は危ないよ」


 桶を持っていたユーリの手に、俺の手がぶつかった。

 汚い俺の手(もの)に触れたのはユーリの方なのに、弾かれたように手を引っ込めたのは俺の方だった。

 顔を後ろに向けると、そこには何でもないような顔をしたユーリがそこにいた。俺は多分、まともな顔じゃなかっただろう。


「あれ、これじゃなかった? 手伝わないほうがよかったかい?」

「いやあってる。間違ってない、けど……」

「よかった、僕が代わりにかけちゃっていいかい?」

「俺がやる。ユーリはやらなくていい」


 思わず語気が強くなった。水の入った桶をユーリアから無理やり奪い取って、はねた水滴が顔を撫でた。

 衝動的な行動だった。うかつだった。俺は何をすればいいのかわからなくなって、その場で固まった。

 ユーリは驚いたような顔をして俺を見つめた。そしてにやりと笑うと、謎は解けたとばかりに語り出した。


「さては、仕事を奪われるのが嫌なんだね?」

「違う。こういう、汚いことをするのは俺だけで……というかなんで手伝うんだ。お礼を期待してるのか」

「違う、人助けってそんなことのためにするんじゃないよ。僕がしたいからするんだ」

「なんで、そんなこと……」


 言葉が上手く出てこない。ユーリは旅人で、この村の人間じゃない。そのせいだろうか。


 汚いものとして見られるのは慣れている。悪口を叩かれるのはよくあることだ。だからこそ、普通の人間のように、対等に見られることに慣れていないんだとユーリの顔を見て気づいた。


「臭いだろ、俺は」

「臭いのはそこのウンチとかでしょ。匂いは洗ったら落ちるものだよ。誰だってそうだよ」

「――っ、でも、」


 俺は何を反論したかったのだろう。必死に言葉を探したけれど、もう言葉は出てこなかった。のどに綿が詰まったような感触だった。


「この村の野菜さ、ガルドっていう僕の仲間がね。畑は臭いけど味は最高だって、それはもう気に入っちゃってさ。かくいう僕もなんだけど」


「同じ匂いが君からするんだ。畑のと同じやつが。君の言う通り、いい匂いじゃないけどさ」


「君が作ってるそれがおいしくしてくれてるんだろう?()()()()()()()()()


 ユーリが肘で俺の横腹を小突いた。

 ユーリの言葉で胸がいっぱいになった。ユーリの顔を直視できない。顔をそらして、涙ぐむ顔を見せまいと必死に歯をくいしばった。


 ()()()()()()()()()()()()()。誰かに褒めてほしかったのか。誰かに認めてほしかったのか。心のどこかでもう手に入らないものだと思っていた。ずっと下を向いて生きていくばかりだと思っていたから。


「ちょっ、どこに行くんだい親友!」

「山に木の実をちょっとな、ついてくんなよ()()!」


 俺は涙が落ちないように高く空を仰いだ。青い、青い空だった。

 道ならぬ道を走った。涙は止まらないのに、笑顔が尽きることはなかった。

 俺はきっと、今日のことを決して忘れるまい。

 ウンコ臭い男に異常に親切な変態野郎のことなんて、忘れてなんてやるものか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ