04 忘れる事勿れ
「親友、元気かい!」
小屋の裏手にある堆肥場で作業をしていたところ、昨日の泥棒もとい変態から元気いっぱいに声をかけられた。
声色を繕うのも忘れて、トーンダウンした声で俺は絞り出すように答えた。
「……何で来たんだよ」
「……来たらまずかったかい?」
「臭いだろここ。あと汚いぞ俺」
回収した糞尿やごみクズを身長くらいの長さのヘラで混ぜながら、俺はユーリの方を向くこともせずに作業を続行した。
俺の衣服や靴には混ぜる過程でどうしても汚れが付着してしまう。肌に付着することだってある。言わずもがな、同時に悪臭もだ。多分今頃ユーリは鼻をつまんで道を戻っていることだろう。
「えっと、桶は……」
ヘラから伝わる手ごたえや見た目から、水分量は適量より少なめだと判断できる。振り返るのが面倒だったので片手を後ろに伸ばして、あらかじめ用意していた水の入った桶を手に取ろうとして、
「はい、これ。よそ見は危ないよ」
桶を持っていたユーリの手に、俺の手がぶつかった。
汚い俺の手に触れたのはユーリの方なのに、弾かれたように手を引っ込めたのは俺の方だった。
顔を後ろに向けると、そこには何でもないような顔をしたユーリがそこにいた。俺は多分、まともな顔じゃなかっただろう。
「あれ、これじゃなかった? 手伝わないほうがよかったかい?」
「いやあってる。間違ってない、けど……」
「よかった、僕が代わりにかけちゃっていいかい?」
「俺がやる。ユーリはやらなくていい」
思わず語気が強くなった。水の入った桶をユーリアから無理やり奪い取って、はねた水滴が顔を撫でた。
衝動的な行動だった。うかつだった。俺は何をすればいいのかわからなくなって、その場で固まった。
ユーリは驚いたような顔をして俺を見つめた。そしてにやりと笑うと、謎は解けたとばかりに語り出した。
「さては、仕事を奪われるのが嫌なんだね?」
「違う。こういう、汚いことをするのは俺だけで……というかなんで手伝うんだ。お礼を期待してるのか」
「違う、人助けってそんなことのためにするんじゃないよ。僕がしたいからするんだ」
「なんで、そんなこと……」
言葉が上手く出てこない。ユーリは旅人で、この村の人間じゃない。そのせいだろうか。
汚いものとして見られるのは慣れている。悪口を叩かれるのはよくあることだ。だからこそ、普通の人間のように、対等に見られることに慣れていないんだとユーリの顔を見て気づいた。
「臭いだろ、俺は」
「臭いのはそこのウンチとかでしょ。匂いは洗ったら落ちるものだよ。誰だってそうだよ」
「――っ、でも、」
俺は何を反論したかったのだろう。必死に言葉を探したけれど、もう言葉は出てこなかった。のどに綿が詰まったような感触だった。
「この村の野菜さ、ガルドっていう僕の仲間がね。畑は臭いけど味は最高だって、それはもう気に入っちゃってさ。かくいう僕もなんだけど」
「同じ匂いが君からするんだ。畑のと同じやつが。君の言う通り、いい匂いじゃないけどさ」
「君が作ってるそれがおいしくしてくれてるんだろう?やるじゃん、親友!」
ユーリが肘で俺の横腹を小突いた。
ユーリの言葉で胸がいっぱいになった。ユーリの顔を直視できない。顔をそらして、涙ぐむ顔を見せまいと必死に歯をくいしばった。
これが欲しかったのか、俺は。誰かに褒めてほしかったのか。誰かに認めてほしかったのか。心のどこかでもう手に入らないものだと思っていた。ずっと下を向いて生きていくばかりだと思っていたから。
「ちょっ、どこに行くんだい親友!」
「山に木の実をちょっとな、ついてくんなよ親友!」
俺は涙が落ちないように高く空を仰いだ。青い、青い空だった。
道ならぬ道を走った。涙は止まらないのに、笑顔が尽きることはなかった。
俺はきっと、今日のことを決して忘れるまい。
ウンコ臭い男に異常に親切な変態野郎のことなんて、忘れてなんてやるものか。