10 人手不足
黒髪少女の理不尽なパンチによって気絶させられた俺は、その後協会に戻ってきた支部長に介抱されて床の上で目が覚めた。何があったのかと問う支部長に俺が事の顛末を包み隠さず話すと、困った様子で支部長はこめかみに手を当てた。
「お前に悪気はなかったのはわかった。が、言葉選びが少々悪かったな。この協会に常駐しているのはオレとあいつだけだ。どんな新人も街に戻る。生まれがここでも腕が立つなら、冒険者なんぞやらん」
「そういうこと、でしたか」
「何も悪いことではない。自分を最大限評価してもらえる組織に属するのは、人間として普通の欲求だ」
――君のほかにも、ここにはそういう人がいっぱいいるんだろうな。
俺は自分の発言を思い返した。
なるほど、こりゃ俺が全面的に悪いわ。というかあの子からしたら無礼千万だったろうな俺の物言い。ブチギレラインを高速で反復横跳びしている。
あの子はここで何人も見送ってきたんだろう。俺にみたいに街中からやってきて居付くことのないまま去る冒険者を、数えきれないほどに。
「食事の時間だ、イーヴィル。夕食に限ってここは当番制だ。今日はオレが受け持った。明後日はお前の当番だ。予算は最低限出すが、基本は自分で稼いだ依頼料でまかなう」
「了解です、支部長。明日は全力で稼ぎます!」
「ああ、励めよ。それと今日の掃除の報酬だ。受け取れ――オレもアーリャも掃除は苦手でな、助かった。ここまで協会がキレイになったのは久しぶりだ」
支部長はそう言って俺に手のひらにすっぽり収まるサイズの革袋を渡した。小さいながらずっしりとした重みが手のひらに伝わってきて、一日の労働が報われるような気分になってきた。
「ありがとうございます、支部長!」
「ちょっと支部長、スープ冷めちゃうよ。新人のことなんか放っておいて……ってあんた起きてたの」
黒髪少女ことアーリャは食事の並んだテーブルのある一室から出てくると、ジトッとした目で俺のことを蔑むように見てきた。
俺に対する好感度は相変わらずのようだ。いつまたパンチが飛んできても驚きではない。
「さっきも言ったが、アーリャ。お前はカッとなりやすい性格だ。いかなるときも自分を抑えられるよう精神を鍛えるといい」
「は~い、わっかりました」
アーリャは手を上げてにっこりと笑った。俺は感心した。
「え、今ので分かったのか。スゴイなアーリャ、聞き分けがいい子なんだな」
「お前に褒められても嬉しくねーっつーの!」
また怒鳴られたよ。どうやって話しかけりゃいいんだよ俺は。
支部長が右の手の平で顔を覆った。ほら困ってんじゃん支部長まで。
「アーリャ、夕飯が先だ。口論は後だ。わかったな?」
「はい、俺もアーリャを刺激しないように頑張ります!」
「なんであたしより先に返事すんのよバカ!」
俺は平手打ちされた。流石に理不尽が過ぎるのではないだろうか。
もしかして将来は独裁女帝が目標だったりする? 口にしたら胸をどつかれそうなので黙りこくっていたが、ふとした拍子に転がり出てしまいそうだった。
夕飯は村のそれと比べようもないほどやわらかい黒パンと野菜スープと干し肉を一欠片だった。パンも肉もおいしすぎてそれ以上口に運ぶのがもったいような食事だった。アーリャがにやにやしたような顔でこっちを見てくる。
「明日の当番は私なわけだけど、質はこの食事と大して変わらないないわ。どう、貧相でしょう? あんた何日で音を上げるかしら?」
俺はたまらず満面の笑みを浮かべて答えた。アーリャは一体何を言っているんだか。
「俺毎日これでいいよ、全部おいしいもん!」
「ハァ!?」
次の瞬間アーリャの靴が俺のこめかみにめり込み、俺は本日2度目の意識喪失に陥った。
支部長が教えてくれたことには、アーリャは俺が郊外より飯がマズい田舎から来たとは思わず、恥をかかされたと思ったらしい。なんだそれ。
しかし失礼な、野菜なら負けてないぞ。
アーリャ「くらえ郊外支部の洗礼、不味いメシ!」
イーヴィル「おいしいおいしい」




