09 郊外の治安、法外にて遺憾
協会周りの掃除もあらかた終わったので、俺はついでとばかりに協会内のホコリというホコリを駆逐していた。それはそれとして掃除中に出くわしたものの数々の意味を反芻していた。
歯はまあ抜けちゃうこともあるかもしれない。でも指はいくらうっかりしてても抜けないでしょ、指はさ。血の気が多いなんて話じゃない。俺は治安が悪い、という言葉が指すものの意味を深く心に刻んだ。
ここは、よくないことをよくないやつらが内々で処理してる。多分そこに踏み込まなければいいんだろうけど、それは魔法陣の上でタップダンスをするようなものだ。冒険者協会の一員というだけである程度は見逃してくれるのかもしれないが、過信は禁物。支部長の言う通り、夜は出歩かないようにしよう。
「たっだいま~支部長さん、いる~?」
そんなことを考えながら雑巾片手に窓口あたりの汚れを拭いていると、快活そうな声と共に黒髪の少女が冒険者協会のドアを開いて入ってきた。年は俺より下に見える。顔にはわずかに火傷の跡があった。
そして、彼女と俺の目が合った。少女は一瞬で警戒した表情になると、
「あんた、誰?」
と冷たい口調で俺に尋ねた。俺は努めて冷静になった。
「イーヴィルっていいます。新人冒険者です。今日から1週間、ここでお世話になります」
よし、知らない人にも礼儀正しくちゃんと返せたな。では掃除を再開しよう。それにしてもホコリがひどい。薄く張っているのが見えるくらいだ。よほど誰も使っていないらしい。
「あっそ。支部長が言ってたの、あんただったの。間抜けそうな顔ね」
「あ、もしかして君も冒険者? 君もこっちに送られたクチ?」
「――送られた、ですって?」
彼女が仲間だとわかると途端に口調が緩んでしまった。できることなら苦難は分かち合いたい。郊外の治安の悪さをどう乗り越えていくのかとか、いざという時のピンチの切り抜け方とか、正直山ほど教わりたい。俺は希望に胸を膨らませた。
「ふざけないで! あたしはね、あんたたちみたいなバカとは違うのよ!」
どんなことを聞こうかと頭を悩ませているところに、大変お怒りの御様子の少女の声が協会に響いた。
俺の胸中の希望は急激にしぼんでいった。どうやらコミュニケーションは失敗らしい。何をどう間違えてしまったのだろう。俺は戦々恐々としながら、もちろん掃除の手も緩めることはなく次の少女の言葉を待った。
「あたしは壁の外で生まれたの。ここの冒険者になって10年、あたしはその年月を誇りに思うわ。壁の中から来たお坊ちゃんにはわからないでしょうけどね――ってちゃんと聞けえっ!」
「いや聞いてる聞いてる。ここで10年もか、いやすごいよ。とても真似できないことだと思う。君のほかにも、ここにはそういう人がいっぱいいるんだろうな。発言には気を付けるよ、ありがとう」
俺は心底感心した。俺は、できるならこんな危険な場所から早く出たいと思っている。可能な限り安全に稼ぎたいというのは、別に悪いことじゃないだろう。
でもここには彼女のように、危険な郊外で人のために依頼を受けて働いている人たちがいるのだ。確かに「君も送られてきたのか」なんて言葉は失言どころか、彼女のこれまでを否定するような言葉だ。
いやあ迂闊だった。これから協会で会う人と話すときには気を付けないと。さて、ここらはあらかたキレイになったしそろそろ2階でも掃除しようか――と思っていたら後頭部に打撃を食らった。
「このっ、いちいち人をイライラさせてーッ!」
下手人は言うまでもなく、黒髪の少女だった。ちらりと見えた彼女の顔はどういうわけか真っ赤だった。
そんな馬鹿な、俺の言葉のどこにそこまで怒る要素があったというのか。薄れゆく意識の中、俺はこれから郊外でうまくやっていけるのかと未来を案じた。




