03 泥棒
泥棒は叫ぼうとする俺の口を片方の手で塞いで、もう片方の手でナイフを抜いて俺の首に突き付けた。息を吸う暇さえなかった。なんて慣れた手つきだ。
……よく考えたら泥棒だと叫んだところで助けに来てくれるような仲の人間は村にはいなかった。俺はがっくりと肩を落とした。
シュンとしたのが降参宣言と見えたのか、泥棒はナイフを懐にしまった。
「何でも持っていけ、その代わり命だけは勘弁してくれ……」
「殺さないよ、あと僕は泥棒じゃない! 急にドアが開いて、ちょっとびっくりしただけ。こっちこそ驚かしてごめん、ここの小屋に住んでるの?」
「そうだけど」
どうやら泥棒ではなかったらしい。確かに泥棒にしては身なりがしっかりとしている。
年は俺よりも上だろうか。しっかりと手入れがされて清潔感のある頭髪に、何かしらの猛獣の紋章が入ったマント。
腰から下げている長剣はきっと愛用品だ。鞘や握り手には摩耗や傷跡が目立ちながらもボロ臭いとは感じさせない。メンテナンスを欠かさなかったのだろう。
「僕はユーリ。わけあって旅をしてるんだ。君は?」
「俺はイーヴィル。で、そのわけってのは人んちの物を勝手に物色することなのか?」
「あれは僕のサガってやつだね。空き巣には入らずにはいられないし、いろんなものがこう、陳列されているのを見ると興奮するんだ。ちなみにモノでも人でも行けるクチでさ」
「人とかモノが……陳列されてるのが?」
「いや変な意味じゃなくてさ、そこにいっぱいあるだけでもうれしいっていうか」
ド変態じゃねえか。俺は出かかった言葉を何とか呑み込んだ。こいつのナイフさばきは目で追えないほどのものだった。下手に怒らせたくはない。
俺は変態をおだてることにした。
「いい趣味を持っているんだな、ユーリは。羨ましいよ」
「そう? おかげで旅の仲間には変態扱いされてさ……」
「そんなこともあるだろう。誰もが一緒なんてことはないからな」
変態扱いは妥当だよ。会ったこともないユーリの旅の仲間への同情の言葉を何とか押しとどめて、俺は笑顔を取り繕った。
いつになったら出ていくんだろうかこの変態は。適当にものをあげたら帰ってくれないだろうか、と俺は視界の隅に映るゴミ一歩手前のヒモや木材に一瞬視線を移した。
「大事なのは、理解されなくても頑張る姿だと俺は思う。馬鹿にされても、滑稽だって言われても」
「――あ。それだ」
「え?」
適当に思い浮かんだ言葉を手あたり次第投げたので、ユーリが我が意を得たりとでも言いたげな顔をしても返す言葉がない。俺は何と口にしたのだろう? 笑みが深まっていくユーリとは対照的に、俺の顔が引きつっていくのが感じられる。
「ありがとうイーヴィル。君は僕の恩人だ。その一言が、僕には必要だったんだ! 思い出させてくれてありがとう!」
「そうか、それはよかった。あはは」
「僕は仲間のところに戻るよ。また会おう、親友!」
元気いっぱいとばかりにユーリは小屋から飛び出していった。
頼むからもう来ないでくれ、変態。