02 冒険者協会は多忙なり
冒険者協会のドアをくぐると、そこは静寂だった。
俺たち以外に利用者はいない。
魚が1匹もいなくなった池のような、どうしようもない静けさがそこにあった。
死んだ顔で天井を見つめる受付さんと、誰も職員が席についていない窓口が4つほど。
何か事件でもあったのかと動揺を隠せない俺に、先生は「よくあるいつもの光景だから」と言って諭した。なるほど、これが冒険者協会の日常。間違いなく地獄か何かだ。
「すみません、冒険者登録ってできますか?」
「はっ、仕事!?」
「はい、ごめんなさい。でもわたしの紹介ですから、手間は減ると思います」
受付さんの意識が虚空から帰ってきて、先生と応対を始めた。
「登録ですね、福支部長との面談をお願いします。書類はこっちで作っておくので、面談後から仕事を振ってもいいですか?」
「はい、大丈夫です。ですよねイーヴィルくん」
「ええ、何でもどんとこいです」
俺は胸をドンと叩いた。何がどうなっているのかよくわからないが、とりあえずこれから副支部長と話し合いをしてそれから仕事を与えられることは分かった。
先生と受付さんの口ぶりから察するに、ここは旅人としての身分を発行・保証してくれる組織なのだろう。旅人のようにしっかりとした身分のない人が仕事をしたいと思っても、身元が不明な人物を積極的に雇いたいという場所はそうあるまい。
そういう人たちを支援するのがこの冒険者協会なのだろう。冒険者と名前についていながら、その実態は福祉施設のようだ。
「にしても先生、なんでここはこんなに静かなんです?」
「協会の仕事は朝が一番忙しいのです。仕事をもらいに来た人たちに仕事を割り振って、同じ依頼を受けたがる人たちの争いをおさめて調停し、場合に応じて報酬を再計算して即金で用意する。これを全て午前中に終わらせます」
「ひえっ」
「そして午後には依頼を集計し、掲示板に張り出すペーパーを作成し、帰ってきた冒険者たちの対応に追われますね。この街ほどの規模ですと、毎日が残業ではないでしょうか」
「特に魔物退治は揉めるんですよ。ただでさえ最近は魔物が増えて依頼も増加してるのに、大きい個体だったから報酬を増やせだの追加で素材を買い取ってくれだの、ごねる冒険者の多いこと多いこと!」
仲介業だから数をこなさないといけないんですよね、と先生は同情していた。
俺は驚愕した。なにそれ負担がえげつない。受付さんの英気が吹っ飛んでいるのも頷ける。
そうか、ここって日雇い労働斡旋状なのか。誰もが同じ仕事に長期間務めるのなら手間も衝突も減るかもしれないが、そういう仕事はここまで回ってこないのだろう。
辺りを軽く見渡すと、近くにあった掲示板が目に入った。恐らくあそこに仕事の依頼が貼られていたのだろう。画鋲で止められた紙片が残っているのが目についた。同時に、掲示板にナイフかなにかで切りつけられたような傷がついていることにも。
「ええと、依頼の奪い合いって喧嘩にまでなるんです?」
「あははー、こっちはまだましですよ。この街、郊外にも協会の支部があるんですけどそっちはもっと治安も悪くて、ギャングが抗争を仕掛けてきたこともあったとか」
問題が中に留まっている分には安全です、と元気の抜けた顔で言葉を返しながら、受付さんは紙でできた鳥のようなものを飛ばした。
それは生きた鳥のように翼を広げ、窓口の奥の通路を飛翔していった。魔術具か何かだろうか。馬の形に紙を折り曲げたら、速く走ってくれたりするのだろうか。
「副支部長に連絡を通しました。私が副支部長の部屋まで案内します」
「行きますよ、イーヴィルくん?」
「っと、はい。今行きます」
見るものすべてが新しく、ついつい目で追ってしまう。こんな調子で失礼になってしまわないかと少し不安になる俺だった。




