閑話 ココガ村での一日
突然だが、あなたは物が好き勝手に散らばっている部屋のことは好きだろうか。
もし好きであれば、どうか僕と握手を。思いのままに床に広がる物品に見える生活感に、僕は惹かれずにはいられない。
突然だが、あなたは物が整然と片付けられている部屋のことは好きだろうか。
もし好きであれば、どうか僕と談笑を。無駄なく敷き詰められた棚や物置に漂う清潔感に僕はときめかずにはいられない。
僕はユーリ。勇者の剣を探しに旅に出ていたユーリ。それ以外は特に語るべき過去のない男だ。
今はココガ村で、同じく旅をリタイアした仲間と暮らしている。
今日は畑仕事の手伝いだ。野菜の葉を食べてしまう虫を見つけては駆除している。うーん、これは肥料にできるのかな?
「ユーリさん、今日も儚げなお顔をしていらっしゃいます。何を思っていられるのでしょう」
「どうせキモいこと考えてんでしょ。街路樹に興奮する変態だもの」
「辛辣だなあ、真実だけど」
道に沿って等間隔で植えられる街路樹、いいよね。それでいて1本1本に個性がある。
いや、誤解を招く言い方かな。どんなものにも個性があるんだ。けれど多くの場合、人間はほとんどの物事を見たことあるものの範疇に収めようとする。
僕でさえそうだった。勇者の剣を探す旅は、剣を見つけるまでは意味を持たず、途中で諦めれば嘲笑されるものとしてしか価値が残らないものだと思い込んでいた。
世の中に残る冒険譚の多くは、そういうものだった。道半ばで志の折れた者が主人公たちの旅を無意味と笑い、主人公の成功と帰還に驚愕し、何も為せなかったことを読者に皮肉られる道化。それになるまいと、泥沼の中でずっとあがいている気分だった。
数日前この村を後にした親友、イーヴィルの旅立ちを見て、僕はその考えが間違っていたことを知った。
もし勇者の剣が本当にあるにしろ、そうでなかったにしろ、それを探し続けているというだけで、人の心は動くんだ。僕が勇者の伝説から心に灯をもらったように、これまで続けてきた一挙手一投足が他人の人生を揺らすんだ。
人間の一生とは、熱だ。そしてそれは伝播する。
僕の旅の終わりを意味のないものだと笑う人がいても、僕はそんなことはないと今は胸を張って言える。
ある旅人は旅の終わりを想い、次の旅人の背中を押した。その旅人もまた、どこかの旅人の背中を押すだろう。
それはまるで、夜空の星座をなぞるように。居場所も時も違えども、同じ空の下で輝かしい軌跡を追いかけている。
「……自伝でも書こうかな。結構売れるんじゃないか?」
「え、何よ。空き巣に入った思い出でも書くつもり? 私たちは無実だってこと強調しといてよね、共犯だとか書いたら容赦しないんだから」
「してましたねえ、不法侵入。私の部屋にも何度上がり込んでいたことか。大盗賊の血でも引いてます?」
失礼な、父方は代々騎士団長だよ。だから勘当されたんだけれどもね。
まあ、今となっては何もかも関係ないことさ。僕は堆肥作りのユーリ、もしくは『糞喰い』と呼ばれた親友の役割を継ぐ者だ。それ以外は、今はいらないかな。




