23 旅立ちの日
トントン拍子で旅の準備は進んだ。先生やユーリ、その仲間たちの集合知で俺の旅生活に対する解像度はうなぎのぼりになった。
……自分で言っておいてなんだが、解像度ってなんだ? 含蓄の類義語だとは理解できるんだが。大方ウンコの神から流れ込んだ知識だろう。
「もう旅に出る日か。親友、心の準備は?」
「バッチリだ。そっちこそ、堆肥の作り方は覚えたのか?」
「信徒になった影響か、手順が僕の中に住み着いている感覚だ。忘れようがないね。畑に回さなくていい分の肥料はちゃんと奉納して、君の力にしてみせるよ」
「正確にはウンコの神の力になるんだが……まあ、ありがとうな。無理だけはすんなよ」
一週間がたち、ユーリは杖や補助なしに歩き回れるくらいには回復した。長い距離には休憩を挟まなくちゃならないみたいだが、旅の仲間が数名この村に残って共に暮らすらしい。
ユーリはこれから俺が過ごしていた小屋で生活するそうだ。俺や村人たちはもっといい場所に住むべきだと力説したが、ユーリは「ならこの小屋をもっといい場所にする手助けをしてくれ」と言って笑った。
村人たちは軒並みユーリに感謝しているから、俺のいなくなったこの小屋と堆肥場はきっと立派になっていくのだろう。
「それにしても、村人たちの態度は変わらないね。君が旅に出ると聞いて、喜ぶ人もいた」
「だろうな。でもお礼を言ってくれるやつもいたよ。変な鎧を着て戦ってたのはお前なんだろうって」
村人全員が心から感謝してたら、俺は豹変具合に驚愕していたことだろう。むしろ怖い。
人は簡単に変われないものだ。だからこそ、小さな変化が人の心を動かす。そして時に人生を変えるような大きな変化が訪れる。俺がユーリの言葉で救われたように。
俺はユーリから譲り受けた背負うタイプの道具袋を背負いこんで、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃ行ってくるよ。ユーリ、この村のことをよろしく。好きとかいうわけじゃないけど、俺の面倒を見てくれた場所だから」
「いってらっしゃい、イーヴィル。僕の親友。勇者の剣のことは君に託すよ、きっと見つかるさ」
ちょっと散歩してくるような調子で、俺はこれまで過ごしてきた小屋を出た。これまでと違うのは、そこに親友がいること。いつかここに帰ってきたいと思えること。
風が俺の顔を撫でた。空は青く澄んでいた。旅立ちにはいい日だった。
「イーヴィルくん、出発ですか?」
「先生もですか? 偶然だなあ、いつもならもう少し村に残りますよね?」
小屋の外には俺と同じように荷物をまとめた先生がいた。先生の滞在期間としては今回は短めだ。
魔物から負わされた怪我もあることだし、もう少し休んでもいいと思うのだが。
「――わたし、イーヴィルくんについていくことにしました」
「えっ」
先生はそう俺に耳打ちした。
衝撃の告白だった。顎が外れるかと思った。
「神話オタクとして超越神を名乗る謎神は見過ごせません! その正体がわかるまでは、もしよければご一緒に旅ができたらと思うのですが……」
「せっ、先生がいいなら俺は構わないんですけど。先生は近くの村を回っているのでは……?」
「心苦しいですが予定はキャンセルです。神話オタクの血が騒いでいるので。では行きましょう」
俺は心の中で祈りをささげた。先生が訪れることを楽しみに待っている村や町にとっては、この予定変更はこれ以上とない悲しみだろう。
ごめんね、しばらく俺が先生を独り占めします。
と思ったら先生にガっと肩をつかまれた。先生が軽快に走り出す。連動して俺も走り出す。
あの、どうして走っているのでしょうか。俺は先生に視線で訴えかけた。
「走りますよっ。ちょうどココガ村を通る隊商がいまして、途中まで乗せてくれるようお願いしたので! 実はもうかなりの時間待たせています!」
「そういうのは早めに教えてくれませんか!?」
「小屋の中がいい雰囲気で、声をかけられなかったんですよー!」
「ああなるほど、ごめんなさーい!」
ああ、なんて締まらない旅の始まりだろう。俺は全力で駆けながら、生まれ育った村を出た。
とても爽やかな、旅の始まりだった。
これで第1章は終わりです。ご愛読ありがとうございます。まだまだ続きます。




