02 幻聴
先生の勢いに押し切られた俺は、先生が寝泊まりのために借りている倉庫に連行されていった。
移動中、村の男たちからの羨むような恨むような鋭い視線が背中に降り注いで、生きた心地がしなかった。
多分この後病気を訴える村人が増えることだろう。全部仮病だろうけど。
診察はつつがなく終わった。3カ月前のように異常は見つからなかった。しかし先生はとても落ち込んでしまった。原因を特定できなかったことがとても悔しいらしい。
「ここまで何もわからないとは……。イーヴィルくん、改めて聞きますけど幻聴は曖昧なんですよね?」
「ええ、そうなんです。何を言ってるかまではちょっと」
先生が心を痛めている様子を見ると、こっちもつらくなってくる。こんなタイミングで「実は捧げよって聞こえるんです」なんて伝えたら、余計に困らせてしまうだけだろう。俺の口は真実を告げることを拒んだ。
3カ月の間、変な声が聞こえるだけで何もなかったのだ。きっとそのうち治るだろう。もし治らなかったらと悲観する自分もいるが、治らなかったところで今の生活に変化があるわけでもない。俺の仕事は変わらず堆肥作りだ。
「……あれ?」
「何か気付いたんですか、イーヴィルくん」
「いや、先生ってこの村に来て10年くらいの付き合いになりますよね」
「そのくらいですかね。子どもの頃のイーヴィルくんのことも覚えてますよ?」
全く年を取っているように見えない。10年前はもっと若かったような気もするが、それにしても変化がない。若く見せるコツみたいなものがあるんだろうか。
何でもないです、と頭によぎった考えをかき消すように俺は先生のもとを後にした。女の人に年のことを聞くのはとても失礼だ。無礼なことを考えてしまったなと後悔しながら、俺は堆肥場に戻った。
「あっ、お母さん。あの人……」
「しっ。近づいたらダメよ」
戻る途中、ある女児とその母親から腫れ物扱いをされた。
俺の親は村にいない。両親は旅人で、生まれた俺を残して村から出ていったらしい。村人からすれば押し付けられた形になる。それでも堆肥作りの仕事ができるようになるまである程度面倒を見てくれたのだから、今の境遇に不満はない。
結婚して子どもを授かるとか、人並みの幸せを手に入れられることはなくても、作った堆肥でこの村の作物が豊作になっていると思えば、それが何よりの幸せだ。
……糞食いってあだ名さえなくなれば、もっといいんだけど。いくら俺でもウンコは食べない。
ため息をついて、小屋のドアを開ける。
「うーん、これはいらないかなあ。でもこれはいいかも。おー、いいじゃん使えそう」
小屋を物色する泥棒がそこにいた。
目が合った。知らない顔だった。村の人間じゃない。俺は叫ぼうとした。この危機を誰かに知らせたかった。
でもそれよりも、泥棒が俺にナイフを突きつける方が早かった。