12 誇り
村の南へ向かうにつれ、魔物の数と強さはどんどん増大していった。ゴブリンたちの肌を苦も無く貫く《苦悶の咆哮》も、トロールやオークといった分厚く防御力のある肌をした魔物相手には致命傷にならなかった。
手のひらを押し付けて放つでもなければ、瞬時に片づけることはできない。しかしそのためには地上に接近するか降りるかしなければならず、遠くないうちに物量に押されて圧殺される未来が見えた。
だが逃げるという選択肢はない。この戦いはユーリのために。立ち上がりたくともその力のない友のために。そして彼の生き様をかっこいいと思った、見栄っ張りな俺の誇りのために。
そうだ。俺はみんなに賞賛されることがしたかった。喝采を受けたかった。とどのつまり、ありがとうと言い合える関係が欲しかった。糞食いなんて不名誉な名前を付けられることもなく年を重ねていたかった。
「しもべよ、わが権能は『苦悶の咆哮』のみにあらずゥ! 求めよ、さすれば――」
「さっさと教えろ超越神、支払いが何割増しになろうが関係ねえ!」
いい心がけだ、と気持ち悪い声の主は鎧の胸部から歓喜に満ちた声を上げた。
俺の魂は地獄行きだ。こんな胡散臭いやつと契約して、神様が許してくれるはずもない。
だったらどれだけ汚れたところで構わない。悪魔に何をもっていかれようが問題はない!
「これぞ《天使の沈黙》、悶絶の魔弾にして――」
「《天使の沈黙》、《天使の沈黙》、《天使の沈黙》!」
「大判振る舞いだなあ我がしもべよ。いいぞ、もっとやれィ!」
《苦悶の咆哮》のように手のひらからエネルギーが射出された。違うのはそれが漆黒色の大塊であり、まっすぐ一直線に進むという性質を持っていたことだ。
一発でトロールとオークでできた壁に風穴があいた。3発も放てば、陣形は総崩れになっていた。暇さえあれば超越神とやらは胸部から飛び出て魔物の死体にかぶりつき、喜びの声を上げながら咀嚼と嚥下を繰り返している。
魔物たちに動揺が見えた。恐怖が芽生えた。今日この時に限っては、彼らは死を振りまく捕食者ではなく、一方的に命を刈り取られ貪られる獲物に過ぎなかった。
始めに、1匹のオークが半歩後ずさった。その後ずさった先に他のオークの身体があり、そのオークは前方のオークを見習って、余裕をもって1歩後退した。
恐怖は伝播する。伝播した恐怖は増幅する。それは人間だろうが魔物だろうが変わらない。
かくして、村の中から魔物の群れは退散した。
逃げ遅れた村人たちは家屋の中に隠れて助けを待つか、魔物たちに燻し出されて遊ばれているか、もうこと切れているかの三択だった。
「……生きてたのか、おっさん」
「そ、その声っ。糞食いか!?」
その中には、いつもゴミ回収をしている俺にゴミをぶつけてくる村人がいた。
彼は俺の姿を見て、足をガクガクと震わせていた。さもありなん。今の俺はよくわからない外装を身にまとって、胸部には超越神を自称する自立型の顔面が鎮座している。
「て、てめえだろ!てめえが魔物を呼んだんだろ!?」
「……はあ?」
堪忍袋の緒が切れるかと思った。言うに事欠いて、俺が村に魔物を呼び込んだと?
大恩ある先生を傷つけ、親友のユーリに血反吐を吐かせたのが、俺だと?
「やると思ってたぜおれはよ、ずっと機会をうかがってたんだろ、えぇ!?」
……。
こいつ、俺がそんな悪事をするかもしれないと思っておきながら、いつもあんな態度をとっていたのか?
「北に行け。みんなそこに避難してる」
「ああ!?」
「まだ魔物が残ってるかもしれない。死にたくなかったらどっかに行ってくれ」
まあ、そんなこともあるだろう。世の中完璧な人間ばかりじゃない。
それに、ユーリだったらこんな人間にこそ手を差し伸べることだろう。
理想に手が届かないことを歯がゆく感じたことのある人間だからこそ、足りないところのある人間に共感できる。少なくとも俺はユーリをそんな人間だと信じている。
「殲滅に行くぞ、超越神サマ。またあいつらが村を襲わないとも限らない」
「大歓迎だ、もっと余を頼るがいい。そしてこれまでの戦いを称して、お前に余が司るものを教えてやろう」
「聞いたところで何になるってんだ、んなもんどうでもいい」
「どうでもいいはずがあるものか! 栄誉あるお前の称号を思い出すがいい、糞食いよ」
糞食いが栄誉ある称号、ときたか。そんなこと思うのはお前だけだろうよ。さては病気か汚物を司る悪魔の類かお前。
「つまり――ウンコだ。余は世界の全てのウンコを統べる神。排泄をせぬ人間はおらぬ。故に余は全人類の支配者にして、偉大なる全・能・神なのだァ! ダァーハッハッハァ!」
なんて?




