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魔術師ククルの受難〜自分の事を好きだと言う男がイカれぽんちな件〜

作者: しらがねぎ


◆イカれた男◆



 「ふむ、これもダメですか」


 目の前で焼き切れた魔法陣を眺めてそう呟く少女は、手元にあったノートに目の前で起きた結果を書き込んだ。


 肩ほどの長さの白い髪に薄緑色の瞳。頭の上に生えた猫耳にローブの隙間から見え隠れする尻尾は彼女が猫人族である事を表している。


 名をククル・バームクーヘン。


 世界中の才能ある魔術師が集まるマリア魔術学院。その二年生にして既に魔術界が揺らぐ程の偉業を成し遂げた天才魔術師であった。


 そんな彼女は今、学院側から提供された工房にて魔術の研究を行っていた。本来学院の工房は共同で扱う物だが優秀な成績を収めた生徒は個人の工房を貸し与えられる。


 故にここにはククル以外の生徒の影は存在しない。


 「う〜ん、一度別のアプローチで」


 そうククルが箱から幾つかの魔石を取り出した時。


 バァーーーンッッ!!


 突如扉が爆発したかの様な音をたてて開け放たれた。


 「ククル先輩ッ!!おはようございます!!」


 そう言ってククルの工房に入ってきたのは身長二メートルは超えようかというガチムチの大男であった。


 浅黒く焼けた肌に灰色の短髪と黒の瞳。顔は整っていると言っていい。制服のシャツは大きな筋肉に悲鳴をあげピチピチいっており、捲られた袖から露出する太腕は逞しいと言うより最早恐怖を覚える代物であった。


 「ーーロイ君、扉は静かに開けてください。あと声が大きいです」

 「すみません!にしてもククル先輩今日もクソ可愛いですね!うわッ、めっちゃいい匂いするッ!ヤッベ、ち◯こ勃つ!」

 

 この当たり前のように開口一番、人の髪に顔を埋めてち◯こを勃起させているイカレ野郎の名はロイ・レッペル。ククルの一つ下、魔術学院の一年生である。


 「ロイ君」

 「はい!何ですかッ!フーッ!フーッ!」

 「君が信じられないほど常軌を逸しているのは嫌と言うほど理解していますが、少しはブレーキを踏んでください。しんどいです」

 「はい!わかりました!」

 

 なんもわかってねぇだろコイツ、というニュアンスの半眼を晒しつつもククルは諦めたように実験の手を動かす。


 「何かお手伝いできる事はありますか!何でもしますよ俺!」

 「では工房から出て行ってくれますか」

 「それは出来ません!」


 出来ねぇのかよ今何でもするって言ったよな?と言うニュアンスの呆れ顔を晒すが、伝わってほしい当人には何故か一切伝わらないらしく。キラキラした瞳でコチラを見つめてくる。お腹痛くなってきた。


 「はぁ〜(クソデカため息)分かりました。では一階の倉庫から私宛に届いた荷物を持ってきてくれますか?重いと思いますが」

 「うす!承知の助ッ!!」


 そう言うとロイはギュピピピピッッッ!!と足音をたて猛ダッシュで一階に消えていった。ーーいや、足音イカれてるでしょ。何履いてるんですか。

 

 と、この短時間で凄まじく減少したSAN値を正常値に落ち着かせるべく「ふー〜っ」と大きく息を吐くと、数秒目を閉じて心を落ち着かせる。


 まあ、この日常も今に始まった事でもありません。魔術師ならこのくらい何の問題もありません。ーーと、すでに正常な精神状態に戻った天才魔術師ククルは止まっていた実験の手を進めるべく魔石に手を伸ばして。


 ドッッッ!!!ガッシャーーン!!!


 ギュピピピピッッッッッッッ!!


 「きゃあ!?先生が何かに轢かれたッ!?」

 「死んだろこれ!?」

 「ーーー」


 ーー大きな物音に工房からスッと顔を出したククルは、冗談の様に壁から生えた下半身とそれに群がる生徒を見て、そっと顔を引っ込めた。


 ーー私は何も見てない。



 ギュピピピピッッッ!!



 「持ってきました!!」

 「ーーーロイ君、何ですかそれは」


 明らかに自身のものではない誰かの血痕に濡れた顔は一先ず置いておくとして、まるで戦場から救出されたかの様にボロボロになった等身大の女の子の人形がロイの肩に引っ掛かっていた。


 「ん?何だコレ?」


 肩に引っ掛かっていたソレをロイが雑に落とすと、もげかけていた首が衝撃でブチんッと折れて転がっていった。 


 それと同時に扉の前が騒がしくなり複数の男達が雪崩れ込んできた。


 「貴様ッ!!僕達の愛と涙の結晶アケミちゃんを誘拐するとはタダではおきませぬッーーぞ?」


 コロ、コロ、コツン


 「き、キッ キエエエェェェェェッッッッッッ!!!!?」

 

 そして自分の足に当たったアケミちゃんなるドールの頭蓋を見て、顎が外れんばかりに絶叫するドル研を尻目に、ククルは腹を摩った。



 お腹痛い。

 







 「困りますねぇ〜ククル殿。このレベルのドールを一つ作るのにどれだけの費用と手間が掛かるとお思いで?」

 「いや、あの、え?私のせいですか?」


 まさかの事態に目を丸くするククル。私何も悪くない。


 「確かに倉庫に置かれていたアケミちゃんマークⅣを断頭したのはロイ殿でありますな。ただ彼に貴重品が保管されている魔防倉庫に荷物を取ってくる様に指示したのはククル殿でありましょう?」

 「それはそうですが」


 だからと言って自分に責任が来るのは無茶苦茶ではないか。と視線で語るククルにドル研部長ボンドムはスッと自身の眼鏡を押し上げた。


 「仮に、オークに重要機密書を取ってくる様お使いさせ、尚且つ紛失した場合一体誰に非があるでしょう?オークですかな?」

 「ーーあの、言いたい事は分かるのですが、彼も一応人類にカテゴライズされてる訳でですね。責任は彼にですね」

 「残念ながら我々は話の通じない獣に責任を追求する程暇ではないんですよ」

 「あぁ、よくご理解されてる様で」

 「ククル殿ッ」

 「あ、はい」


 ボンドムの強い語気に背筋を正すククル。


 「ぶっちゃけ費用はこの際問題では無いのです。我々が憤慨しているのはお金では解決できない部分!」

 「というと?」

 「ここ!ここを見てくだされ!アケミちゃんのこのニヒルな笑顔を作り上げるのに一体どれだけの時間と情熱を費やした事か!この眉毛の角度!口元の位置!目元ッ!ミリ単位の調整によって生まれたパーフェクトな美少女フェイス!ここにかけた情熱はお金を払っても返ってこないのですぞ!?」

 「はぁ、なるほど?」


 涙ながらにアケミちゃんの頭を指差すボンドムの抗議にイマイチ共感し辛いククルであったが、お金ではく目の前のドールに掛けた熱意に対する損失にこそ重きを置いている事に理解は示したククル。


 「あのそちらの言い分は理解しましたが、それで私に何を?」

 「誠意を見せてほしいのです」

 「誠意?」

 「ククル殿は学生の身でありながら、既に二つの刻印の開発という偉業を成し遂げた正に天才!長い魔術の歴史にその若さで名を残す程の超一流の刻印師である貴方に見せてもらいたい誠意。…ここまで言えば、分かってもらえるでしょう?」

 「私に刻印を刻んで欲しいと?」

 「その通りですな。具体的にはこんな感じで」


 そう言うとササッと近づいて要望書を差し出してくる。


 そこにはアケミちゃんマークⅤなる物に刻んでほしいと書かれた刻印の数と種類。


 仮にコレを一流の刻印師に依頼として発注した場合、かなりの金額が吹き飛ぶ内容であった。

 

 「中々に欲張りますね」

 「こんな機会まずありませんからな。なにククル殿からすればこの程度どうという事はないのでは?」

 「まあそうですが」


 正直未だに自分が責任を取らなければいけない事に不満はあるものの、ロイの異常性を理解していながら貴重品のある場所に向かわせた事も事実である為、これ以上話がややこしくなる前にククルは事の収拾を図った。


 「はぁ、分かりました」

 「おお!素晴らしいお返事!期待しておりますぞククル殿!」


 キラリと眼鏡を光らせながら喜びの声を上げるボンドム。


 「それで、あれはどうするのですかな?」


 そう言うボンドムの視線の先には直立不動でコチラを見るロイの姿があった。


 ククルは大きなため息を吐くとロイの方向に歩いていった。


 「ロイ君には言いたい事が色々ありますが」

 「はい!」

 「まずそれは何ですか」


 ククルの視線はロイの足元に注がれていた。それはキャッチーな目と口のデザインがついた緑色のブヨブヨとした履物であった。


 「これはスライムサンダルですね!」 


 ロイがみじろぎすると、ギュニュッギュニュッと奇怪音を放ちスライムの顔がグニィッ〜と歪む。


「そう言う意味ではなく何故スライムサンダルを履いているんですかと聞いているんです」


 スライムサンダルとは昔巷で流行ったジョークグッズであり当然だが普段使いする様な代物では断じてない。


 仮にこれが純粋なファッションとしての起用ならゴミすぎます。


 「ああ、俺すぐに靴をダメにしちまうんで、ほらスライムサンダルなら壊れづらいでしょ?」


 そう得意げに話すロイ。確かにロイは驚異的な身体能力をしており、本気で走れば靴をぶっ壊す程の加速力を発揮する為、度々靴を取り替えていた。

 

 「なるほど、ではロイ君。君に先程の件での罰を与えます」

 「はい!!指でも何でも詰めますッ!」

 「三週間私の工房を出禁にします」

 「ッッッッッオ'エ'!!!!!??」


 あまりの絶望で嘔吐するロイを尻目にボンドムがククルに耳打ちする。


 「あの〜ククル殿?期間など設けずに普通に出禁にすれば良いのでは?」

 「そんな事したらマジで何をしでかすか分かったもんじゃないですよ。増え続ける可燃性ガスを密封しようとする様なモノです」

 「あー、何というか、大変ですな」


 ボンドムの哀れみの篭った言葉に「全くです」と答えながらククルは何故こんな事になったのかと目の前で嘔吐するロイを見やりながら過去を振り返った。




◆出会い◆



 それは今から半年前。


 ククルは辺境の片田舎に足を運んでいた。理由は最近ここらで新しくダンジョンが発見され、それがどの様なものか確認する為であった。


 小さな村の為、宿泊施設などなく使っていない空き家を貸してもらい、そこからダンジョンの調査をしていたのだがその内村の人間と交流を持つ様になった。


 そんなある日ククルを魔術師と見込んで村人が相談を持ち掛けてきた。


 「妙な魔物が山を彷徨いてる?」      

 「デケエ猿みたいなんだがデカすぎんだよな。変な声で鳴くし」                

 「オラたち気味が悪くてなぁ」


 男達の発言にククルは納得を示す。魔物とは魔力を効率よく運用する事が出来る生物の事でその危険性はそこらの獣の比ではない。


 一般人が対処出来る領域を基本超えていると言っていい。


 短い間であるがこの村の人間には良くしてもらっている為魔獣の駆除くらい請け負っても良いと考えたククルであったが通りすがりの老婆が話を遮った。


 「馬鹿もん、そりゃあ魔物じゃなくて猿神様だべ。山の奥からおこしなすったんだよ」

 「猿神様?」

 「ここらの山の神様の事だべ。そう言えばウチの爺さんとか婆さんは小ちゃい頃見たって言ってたな」

 「んだども猿神様ってもっと小さいって聞いたど?ありゃどう見ても二メートル近くあったで」

 「もしかすんと、ありゃビックフットってヤツでねぇか?」

 「ビックフットは寒冷地帯に生息する魔物です。この辺りには居ない筈ですが」

 「んだども昔図鑑で見たのに似てたど」 


 山神様やらビックフットやら、どうにも話が見えなくなってきたククルは今一度聞き返す。


 「まず本当に魔物だったんですか?人間とかではなく?」

 「ありゃ人間じゃねぇよ。すげぇ毛に覆われてんだ。身体能力もすげえし、それに遠目からだけどスワの実を齧ってたんだど。人間の顎じゃねぇよ」

 「鉄の様に硬いスワの実をですか?なるほど確かに人間ではないですね」 


 村人達の話を聞いたククルは確かに何かしらの魔物の可能性が高いと踏んでとりあえず調査に乗り出す事にした。


 「分かりました。ちょっと見てきましょう」

 「おお!ありがとなククルちゃん。コシニンミツ一杯あげっからな。頼んだで」

 「無理するでねぇよ」 


 そう言って村人達に見送られながらククルは山に向かうのだった。







 「多分アレですね」


 入山して三十分もせずに件の魔物を見つけたククルは木の影からそっと様子を伺う。


 村人の言っていた通り一見すると滅茶苦茶大きな猿に見えなくもない。だが完全な二足歩行をしている事から全く別の生き物である事が窺えた。


 ククルの角度からでは後ろ姿しか見る事が出来ずもう少し近づこうと歩みを進める。

 

 (うーん、遠目から見た感じ確かにビックフットによく似ていますね。てか何してるんでしょう?)


 ククルの視線の先では件の魔物が土を捏ねて作った団子を壁にベチンンッッ!!とおもくっそ叩きつけて飛び跳ねていた。


 「腕を上げて、喜んでいる?遊びか何かでしょうか?」


 うーん、よく分かりませんが、どちらにしても知能はかなり低そうですね。


 そうククルが考えているとガサガサと奥の茂みが揺れているのに気がついた。そしてそこからゆっくりと大きな熊が姿を現した。


 ククルはそう言えば先ほどこの山には熊が出る為注意する様にと言われた事を思い出す。まあ魔術が扱えるククルにとって熊程度どうと言う事はないのだが。


 と、そうこうしている内にいつの間にか魔物の背後をとった熊がその巨体を持って突然襲い掛かった。

  

 「がああああっ!」

 「おげっ!?」


 雄叫びと共に噛み付くとそのまま魔物を押し倒す。ああなれば逃げる事は難しいだろう。


 にしても今人間みたいな声出しましたね。

 

 「何すんじゃこのクソ畜生がッッ!!」


 ん?喋った?ーーえ、人間?ーーアレで?


 私が困惑している間、叫んだビックフットはブゥンッッ!と風切り音のなる豪快な右ストレートで熊の首をブチ折りました。


 あぁ、やっぱ人間じゃないかもです。


 と言うか今のはゴラテ語?随分とマイナーな言語を使いますね。まずここら辺の人間ではないでしょう。ーーいや、アレ本当に人間なんですか?ちょっとまだ頭の整理がついてないんですが。


 困惑からククルが立ち上がれない中絶命した熊の死体をどかしぶつくさと文句を言う魔物。ではなく人間。


 ククルは依然目の前の光景に目を丸くしつつも意を決して話かけた。


 「そこのビックフットさん。ちょっと止まって下さい」

 「ん?あ!人間だ!」


 そう言ってこちらに近づいて来ると目の前の生き物は顔の毛を掻き分けた、


 すると中から普通の男の顔が現れる。どうやら男は毛皮を被っていたらしい。


 「会話が成立してる!すげぇ!てかめっちゃ可愛い!」

 「あの、貴方こんな山奥でそんな格好で何をしているんですか?」

 「何って、俺ここに住んでんだよ」

 「住んでる?いつからですか?」

 「生まれた時から」

 「ん?」


 ちょっと意味が分からなくなったククルは、そこからロイと名乗った男の話を聞く事にした。

 


 「ふーむ」


 口元を手で覆いながらククルは今しがた聞いた話を頭の中で整理する。


 まず彼の話を要約すると小さい頃から常に顔を隠した怪しい人達と山の奥で共同生活をしていたらしく、なんか時折その人達に体を弄られていたと。彼以外にも体を弄られている人間は何人もいたが皆んな死んでしまい、自分は被験者Rと言われていたのだとか。


 因みにその怪しい人達は彼が全員ぶっ殺したそうです。動機はウザかったからだそうです。


 下山しようとすると体に刻まれた紋様があちちちッってなるので山を降りられなかったのだとか。山で会った人達も言葉が通じないし自分を見かけると逃げてしまうのでどうにもならなかったのだとか。



 うーん。



 ちょっと情報が多いですね。


 「とりあえず紋様を見せてくれますか?」


 ククルの指示に素直に従ったロイは毛皮を脱ぐ。そこには不可思議な紋様で描かれた魔法陣の様なものが背中に刻まれていた。


 「獲印ですね」

 「何だそれ?」

 「魔獣の捕獲や調教に使われる印ですね。設定したルールなどを破ると印が熱を持ち対象にダメージを与えるんです。これは相当に強力なモノです。人間に施すには過剰な程ですね」


 とりあえず外しときますか。後は、うーん何か奥にありますけどパッと見よく分かりませんね。彼は何かしらの実験を受けてた訳で下手に外して何か起きるのも面倒ですし、今はこのままにしときますか。


 これで下山出来るようになった為後は魔道局に連絡して対応して貰おうと考えていたククルは、コチラをジッと見つめるロイの顔が目に入った。


 「あの、なんですか?」

 「名前を訊いてもいいか?」

 「ククルです」

 「ククル」


 そう反芻したロイは突如パッと顔を上げるとククルの手を握った。


 「やべえ!ビンビンきた!好きだ!俺と番になってくれ!」

 「え、余裕で無理です」


 いきなり何を言ってるんですかこの人は。

 それに番って、獣じゃないんですから。


 「一生幸せにする!」

 「あの今の君は恐らく久々に見た女性に性欲が刺激され勘違いしているだけだと思います。とりあえず落ち着きましょう」

 「いや!これは恋だ!」

 「いや違う絶対違う」


 突然盛り出したロイにククルは愕然としながらもその後何とか下山し、その後魔導局に連絡してロイは保護された。


 のちの捜査からこの山には世界最大の犯罪組織『堕天』の施設と思われる建物が発見されており、その周辺から大量の人骨が発見されたとの事。


 残されていた研究資料には新人類計画なる物が残されておりその内容は他言する事が憚る様なおぞましい代物であった。

 

 唯一の生き残りであるロイは保護された後精密検査を受け、その肉体が常人のそれではない事が判明したとの事。


 長い間山の中で過ごし世界から隔離されていたロイがこの先社会に適応していくのは生半な事ではないだろう。


 この先どんな人生を送るかはロイの努力次第である。


 

 そうしてこの事件は幕を閉じた。








 「ククルーーーー!!」

 「?ーーーーん?、ん??」


 何故か学院にいるロイ。



 「学院長どう言う事ですかッ?」

 「おお我が校の宝ククル君、どうしたのかね。そんなに慌てて」


 ククルの突然の入室に白い髭を生やした老齢の賢者が反応した。名をガイゼル。マリア魔術学院の学院長である。


 「どうしたもこうしたもありません。どうして彼が学院に入学出来ているんですかッ?」


 背後にいるロイに指を指しながらガイゼルに疑問を投げかけるククル。


 「?彼と何があったのか知らんが、入学出来たのはそりゃあウチの試験を合格したからだろう」

 「んな訳ないでしょう。半年前までビックフットしてた人ですよッ?まだスラムの子供の方が文明的な生活してますよッ。そんな人がどうやってこの短期間でこの学院に受かるだけの知能を獲得するんですかッ」

 「そう言われてもーー実際試験の方は筆記、実施等文句なしに合格ラインを超えているぞ」

 「んなアホな」

 「面接もしたが受け答えにも何ら問題はなかったと書かれている。むしろ成績だけ見れば彼は優秀だぞ?」

 「んなアホな」


 ロイの資料を見ながらそう答えるガイゼルにククルは困惑する。


 マリア魔術学院は世界で見てもトップクラスの才能が集まる学院だ。当然入学試験の内容は極めて高く。並の才能では受かる事はますない。まして半年前まで魔術のまの字も知らなかった人間が合格出来る言われはない。


 横目でチラッと確認すればニコニコとまるで知性を感じさせない男の顔がある。


 マジで受かったんですかこの人。


 「ククル!いや、ククル先輩!これからよろしくお願いします」

 「え、えぇ」


 こうしてククルとロイの関係が築かれたのだった。








 「ククルさん「なん券」の使用書の提出期限明日ですけど?ちゃんと書いてます?」

 「あ"ー、そうでした」


 ロイの指摘にククルは腰掛けていた椅子の背もたれにぐったりと体を沈めた。


 優秀な成績を収めた生徒には様々な特権が与えられる。中でも「何でも使っていい券」通称「なん券」は皆が喉から手が出るほど欲しい権利だ。


 何せコレを使うだけで本来は有料である貴重な薬草や鉱石、魔力塗料などなど学院で取り扱っている様々なモノが無料で使用出来るのだ。


 魔術の実験はトライアンドエラーが基本であり学院側もそれなりに材料は提供してくれるがそれだけではまず足りなくなる。


 そうなると自身で材料を用意するしかなく財政面で圧迫されてしまう。


 その問題を解決する為に教授の開いている研究室などがあるが、そういった場所は優秀な生徒しか入る事が出来ず、やはりかなりの生徒が研究資金の調達に苦労する事になるのだ。


 そんな中での「なん券」はまさにチートアイテムと言っても過言ではない。


 ただし、なん券を使った場合、月一毎に何をどんな研究の目的で使ったのかという記録を付けた使用書を提出しなければならなくなる。


 仮にコレを期限内に提出出来なかった場合イエローカードが出され二度目やらかすと「なん券」を没収されてしまう。


 また記録が正確でない場合、長期に渡って大した成果を出せていない場合も没収の対象となる恐れがある為、使う方も実はかなり面倒臭いのだ。


 これも全ては十年前に「なん券」を使って手に入れた素材を横流ししてその資金で奴隷ハーレムを作り上げていた馬鹿のせいであるのだが、この話は今は置いておく。


 「日誌はつけてるんすよね?何なら俺が書いときましょうか?」

 「お願いしていいですか?」

 「へい!」


 そう言うとロイは日誌を見ながら使用書をスラスラと書いていく。前述した通り使用書は決して適当に書いて良いモノではない。


 そんな大切な書類を何の疑問もなく託したのは、既にこの作業にロイの手をククルが何度も借りているからであった。


 普段の姿からは想像もつかない程に冷静にサササッと作業を進めていくロイにククルはこの時ばかりは素直に感心する。


 こういう時の彼は本当に頼りになります。学院長が優秀だと言っていた事はマジだった訳で、奇行がなりを潜めればとても有用な人材なんですよね。

 

 「あ、そうだククル先輩!ご褒美として膝枕を要求します!」

 「え"?」



 ーーーこれが無ければ。そう切実にククルは思うのだった。




 「フーッ!フーッ!マジこの為に生きてますわッ!」

 「ーーー」

 

 ククルの腹に顔を埋め、ふんすふんすと深呼吸するロイ。


 一見するとカップルが膝枕をして甘い時間を過ごしている様に見えるだろうが、ククルのげんなりとした顔を見ればコレがそんなモノではない事は容易に分かるだろう。


 「ーーロイ君、ルールを作りましょう」

 「ふんす!ふんす!ーーん?ルール?」

 「膝枕の時はコチラに顔を向けるのは禁止にします」

 「ファッッッッ!?あんまりですよ!!?」

 「いや普通でしょう。というかよく我慢しましたよ私」


 抗議するロイの頭をグググッと反対方向に捻りながらため息を吐くククル。


 こうやってルールというモノは増えていくのです。



◆ククルの休日◆



 「休みなさい」

 「え」

 

 それはククルが学院の健康診断を受けた一週間後の出来事であった。突然保健棟に呼び出されたかと思えばその部屋の主、アーリ・ロックにそう言われククルは困惑していた。

 

 アーリは黒髪を後ろで纏めた目つきの鋭い女性である。


 「貴方ここ暫くまともな休息を取っていませんね?」


 淡々と、だが背筋が伸びるような声色でそう言うアーリにククルはどきりとする。


 「いや、そんな事は」

 「言っておきますが魔術での活力補充、睡眠欲求の解消などは休息に入りません。むしろ長期間に渡り続ければ体が馬鹿になり、ある日突然大きな代償を払う事になりますよ」


 ピシャリとそう言われ喉元まで出かかっていた言い訳が引っ込んでいく。


 「ーーすみません」

 「あとストレス値も無視できない数値が出ています。何か心当たりは?」

 「心当たりしかありませんね」


 浅黒い筋肉の怪物を頭の中で思い浮かべて即答するククル。


 「とりあえず貴方の場合、週に一日は魔術から離れてリラックス出来る時間を作った方がいいでしょう。自分は大丈夫などと思わないでください。魔術で何でも解決してしまう魔術師は体の警告を軽視しがちです。その結果壊れてしまった魔術師を私は何人も見てきました」

 

 そう言われてはククルは何も言う事が出来なかった。


 アーリの厳しめの対応も真に生徒の健康を心配してのものである事はククルも理解している為反論しようと言う気にはならない。


 「分かりました」



 そしてその週の休日、ククルは久々に魔術から離れる一日を送る事となった。


 「とりあえず本屋でも行きますか」


 寮にいても魔術の事を考えてしまいそうだったのでとりあえず外に出る事にしたククル。


 昔通っていた本屋にたどり着いたククルはそこからぶらぶらと店内を散策する。


 そこでふと目に止まる一冊があった。それは『ロポの冒険』というタイトルの本であった。


 ロポの冒険は子供向けに作られた作品であるが、緻密な世界設定に加え幾つもの伏線が張り巡らされており、児童書として出版されたにも関わらずその面白さから多くの大人のファンも抱えている。


 「そう言えば、この頃バタバタしてて全然読んでませんでした」


 ククルも当時話題性に釣られて一巻を読んだ事があったが確かに面白く、その時出ていた巻を全て揃えていた。


 「いつの間にか新刊が出てる」


 ロポの冒険の最新刊を手に取ったククルはそれをレジまで持っていくと会計を済ませ本屋を出た。



 次にククルが向かったのは小洒落たカフェであった。


 店内に入るとククルはカウンター席の隅に座ると近くにいた店員を呼び止めた。


 「ワイルドコーヒーとカツサンドをください」

 「はい、少々お待ちください」


 注文を済ませたククルは紙袋から先程買った本を取り出すとゆっくりとページを開いた。


 少し前まではこうして読書してましたね。

 確かにこの頃の私は少し色々煮詰めすぎていた気がします。


 運ばれてきた珈琲を口に含みゆっくり飲み込む。


 「落ち着く」


 そこから二時間ほどカフェで読書をしたククルは外に出るとフラフラと辺りを散策する。


 そうしていると小さな小道がククルの目に止まった。


 こういった普段は入らない小道に意外な発見があったりするんです。


 そうしてククルは歩みを進めていくと二人組の女性が何やら少し怪しげな店から出てくる所であった。


 「めっちゃ良かったぁ〜」

 「でしょでしょ!あ、あんま言いふらさないでよ。入りづらくなっちゃうから」

 「分かってるって」


 そう言って楽し気に歩いて行く二人組を見たククルは、二人が出てきた店を見る。


 「マロナ式マッサージ?」


 そう書かれた看板を見てククルは「マッサージ」と呟く。


 意識した途端体の節々に重みを感じ始めた。


 「入って見ますか」


 ククルが中に入ると受付で何か書類を書いていた青髪の獣人が声をかけてきた。


 「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」

 「あ、いや予約してないんですけど、ダメですかね?」

 「いえいえ大丈夫ですよ。コチラにどうぞ」


 そう言って奥のテーブルに案内される。


 「当店は初めてですか?」

 「はい」

 「分かりました。ではまずこちらの紙にご記入をお願いします」


 そうして渡された紙には種族やアレルギー、職業など他にも幾つか記入欄がありククルはそれを埋めて行く。


 そこから体の状態など軽く幾つかの質問を口頭で説明していく。


 「当店は三十分、六十分、九十分の三コースありまして、本来九十分コースは予約が必要なのですがただ今空いていますのでお選び可能になっています。アンケートに記載されたお客様の今の状態を確認する限り当店のマッサージの効果を強く実感して頂くには六十分以上のコースが適切と判断します」

 「うーん、では九十分コースでお願いします」


 特に予定も無いですし、この際存分に疲れを取ってもらいましょう。


 「かしこまりました。では奥のお部屋へどうぞ」


 「こちらで館内着に着替えて頂きます」

 「分かりました」


 館内着は普通に透けてるんじゃないかってくらいかなりペラペラでした。前と後ろの布を数本の細い紐で結び合わせた物でかなり頼りない感じです。


 「ではこちらへどうぞ」


 案内された部屋はかなり広くモアモアとした白い蒸気に覆われていました。室内はかなり暖かく複数の仕切りで区切られており、何人か人の気配を感じました。


 「改めて今回担当させていただきます。ララです。よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」

 「ではこちらにうつ伏せで寝そべってください」


 言われた通り指定された施術用のベッドに寝そべります。こういったマッサージは初めてなので少しドキドキしますね。


 「ではお背中失礼しますね」


 そう言うと緩く縛られていた館内着の紐を外して背面の布をどかした。

 なるほど、この為に前と後ろで布が別々なんですね。


 おしりに布をかけられると、背中に何やらオイルを塗られていくククル。


 「このオイルはクオンと言う植物から抽出した物でとても疲れが取れるんです。当店のオリジナルなんですよ」

 「クオン、確かコロフ山脈のみに生殖する魔含植物でしたっけ?周辺の部族が薬草として使っていると言うのは知っていましたが、オイルとしても使えるんですね」

 「よくご存知ですね。そこまで知られている植物ではないんですけど」


 そう言いながらオイルをじっくりと塗り込んでいくララ。

 

 「それにしても綺麗な紋様ですね」


 そうララが指摘したのはククルの背中や腕、脚などに刻まれた薄緑色の紋様であった。


 「これって入れ墨じゃないですよね?ペイントですか?」

 「あー、まあ似た様なものですね」


 本当は刻印であるのだが魔術師でない人間には説明が難しいので黙っておいた。


 「大人しそうな雰囲気なのに凄い遊んでるんだなってビックリしましたよ」

 「ああ、偶に温泉とか行くと似た様な反応されます」

 「ですよね」


 刻印を知らなければ体の至る所に紋様を刻んでいるククルは、周りの人間からかなり視線を集めてしまう。


 「それにしてもかなりくたびれてますね〜」

 「そうですか?」

 「ええ、これは気合いを入れないとッ ふん」

 「痛てて」

 「痛いのは疲れてる証拠なんですよ。ここが痛いって事はこっちも痛いんじゃないですか?」

 「あ、痛た、痛いです」


 ララがグッとツボを押すと鈍い痛みがククルを襲うが、そこから何度もされていく内に妙な心地よさが体を支配していく。


 「あ"〜、なんか、気持ち良いですね〜」

 「眠かったら寝ても良いですからね〜」

 「そう、ですか」


 心地いい感覚にゆっくりと瞼が落ちてくるククル。


 本当にこのまま眠れそうです。


 そうしてやって来た睡魔にククルが身を預けようとした時。



 ーーゴリっ


 「お"お"ッ!?❤️」



 ピキッ!と全身に電流が流れる様な感覚と共にククルが跳ね起きた。なんか今すごい声出た気がする。


 「あ、びっくりしちゃいました?」

 「え、え、?」

 「じゃあもうちょっとゆっくりしてきますねぇ」

 「え、あの、ナッ!? ぉッ❤️ にゃにッ!? お'❤️オ'ッ❤️!?」


 ゴリゴリッ


 「ツボを押してるんですよ。よく効くでしょ?」

 「ぎくッ、とかッ、そんな❤️、おぅッ❤️!」

 「実は種族によって一番気持ちいいツボの位置が違ったりするんですよ。エルフとかは耳の根元とかが気持ちよかったり、ドワーフは僧帽筋辺りが気持ち良かったりですね〜」

 「ちょっ❤️ お"ッ!❤️ぐぅッ!?❤️」

  

 まるで話が頭に入ってこないククルを置いてララは話を続ける。


 「獣人の方は尾てい骨、尻尾の付け根付近を刺激すると血行が凄く良くなるんですよ〜。ほらぐりぐりッと」


 「オ'ッ!? 〜〜〜〜ッッッ!!?❤️❤️」


 悶絶したククルが枕を噛んで声を必死に抑える中、ララは話を続ける。


 「五分程こうしてコリコリしときますねぇ」

 「こふッ!?」

 「良かったら帰っても自分でやってみて下さい。かなり体の疲れが取れますよ」

 

 ゴリゴリッ ゴリッ


 「オ' ❤️ゴ" ッ❤️ウ'ッ❤️!」



 あ、だめッ これ、いしきッ 、とッッぶッ

 










 「またのご来店お待ちしておりま〜す」

 「はぁッ はぁッ」


 そうして一時間半のマッサージを終えると、ガクガクと体を震わせながら顔を真っ赤にしたククルが店から出てくる。



 死ぬかと思いました。色んな意味で。


 ーーでも体は信じられない程軽くなってますね。


 ーーー。


 ま、まぁ、気が向いたらまた行きますかね。健康のために。


 




 今日一日、特に行く当てもなくブラブラしていたククルであったが、唯一ここだけは行こうと決めていた場所があった。


 「良かった、開いてますね」


 ククルが足を止めた先、そこにあったのはかなり年季を感じる定食屋であった。

 暖簾には『魚処』と書かれている。


 「いらっしゃい」


 戸を開ければ老齢な大将が声をかけてくる。店内はかなり賑わっており繁盛している事が伺える。


 カウンター席に着いたククルは手元のメニューに目を通す事なく近くにいた店員を呼んだ。


 「ご注文お決まりですか?」

 「コレと、コレをお願いします」

 「はい、エンペラーサーモンのムニエル単品とアジフライ定食ですね。少々お待ちくださ〜い」


 さっさと注文を終えたククルは、店内に広がる香ばしい魚の焼ける匂いに期待感を膨らませていく。


 この店の魚料理は絶品でありククルは以前まではかなり通っていたのだが、ここ最近はゴタゴタが続き行く機会が無くなっていた。

 

 久しぶりに好物にありつける期待感に耳をピコピコさせながら少しの間ボーッと厨房を眺めていると、ククルの元に先程注文した品が運ばれた。

 

 「いただきます」


 手を合わせたククルは早速ムニエルに手を伸ばす。箸を通せば簡単に解れた身を口に入れる。


 「ふっ ふふっ」


 口の中に入れれば立ち所にとろける程脂が乗っており、期待を裏切らない極上の味わいに自然とククルの頬が緩む。

 

 一口目をじっくり味わったククルは次にアジフライに向かう。


 二つある大きなアジフライの内一つに慎重に齧り付く。以前無計画にかぶりつき灼熱の脂に舌を焼かれたが為の策であった。


 肉厚の身を噛み締めればジュワリと口の中に濃厚な旨味が広がる。


 「〜〜♪」


 ほころんだ顔に椅子から垂れた尻尾がフリフリと左右に振られる様は、彼女が上機嫌である事を如実に表していた。


 そのまま穏やかな時間は過ぎていき、食事を終え店を出た時にはククルは実に満足顔で帰路に着いたのであった。



 こうしてククルの休みは幕を閉じた。






 「グエェぇッッ!!」

 「きゃー!」

 「三年の先輩ががロイにバックブリーカーされてる!?」

 「なんで!?本当に何で!?」

 「うおおおッ!ククル先輩の悪口を言う奴は許さんッ!ここで朽ちろッ!」

 「く、ククル君ッあの化け物を早く止めなさい!ククル君ッ!!」

 「しぬしぬしぬッ!!あれ死ぬって!?」

 「ーーー」



 もう知らん。





◆学院祭◆

 

 「おーいそっち持ってくれ」

 「なぁ材料の搬入済んだか?」

 「ああ問題ないよ」

 「ねぇ、これ発注ミスしてない?」

 「あ、おわた」


 現在マリア魔術学院は年に一度の学院祭に向け学生達が忙しなく準備に終われていた。

 

 この学院祭は国内でも注目度の高いイベントであり学生達もかなり気合が入っているのが伺える。


 「賑やかですね」


 学院内の活気づいた雰囲気にククルが浸っていると、遠くから一人の少女がククルに向かって走って来るのが見えた。


 「見つけましたわ!ククルさん!」

 「レイさん?」


 ククルに声をかけてきたのは金髪の長髪を縦ロールにした青の瞳を持つエルフ少女。名を『レイフォン・アンフォース』ククル同様マリア魔術学院の二年生である。

 

 レイフォンはククルの事をライバル視しており、度々勝負を挑んでくる。そんな彼女が息を切らせながらククルの元へ走ってきた。


 「貴方今回学院祭に参加しないと言うのは本当ですの!?」

 「え、参加しますよ?」

 「そうではなくッ!作品を出さないのかと言う話ですわ!」

 「ああ、出しませんよ」


 学院祭では学生達が店をだしたり、作品を展示したりする。これらは強制されるものではないが学院祭には様々な客、特に高名な魔術師などが人材探しの目的としても来訪する為、学生達からすれば絶好のアピールチャンスでもある。

 

 この事から何もせずに学院祭に参加する生徒は少ない。


 「何故ですの!?私との勝負から逃げるつもりですの!?」

 「貴方と勝負した覚えはありませんよ。作品を作らなかったのは単純に時間が無かったからです。今日だって学院に泊まって徹夜で依頼片付けなきゃですし」

 「う"〜!学生として自覚が足りませんわ!この不良生徒!競えると思って私楽しみにしてたのに〜ッ!」

 「えぇ」


 そう言って地団駄を踏むレイフォン。当日出展された作品達は来訪した客により得点がつけられ上位十点の製作者には様々な賞品がもらえる。


 レイフォンは恐らくその得点で競おうとしたのであろうとククルは推測した。


 「レイさんは何か出すんですか?」

 「ふん!貴方の様な薄情者に教える事などありませんわ!せいぜい広大な敷地内から必死に私の作品を探すのね!」


 そう言ってぷんすかと怒りながら去って行くレイフォン。

 

 まあ当日配られるパンフレット見れば何処に何があるかは一目瞭然なんですけどね。

 

 そう思いながらククルは自分の工房に戻るのだった。

 





 学院祭当日、自分の工房で目を覚ましたククルは外の喧騒で目を覚ました。


 皆一様に浮き足立っており、いつもの学院とはまた違う楽しげな雰囲気が漂っていた。


 学院祭の開会式に赴くべく、手鏡を見ながら髪の毛を整えるとそのまま体育館に向かった。


 


 「えー、今日は待ちに待った学院祭です。外部から多くの方が来られる為マリア魔術学院の生徒として恥ずかしくない様にーーー」


 壇上に立った学院長が長ったらしく話しているのを眺めながら、ククルはチラッと目を動かし周囲を伺った。


 「……」

 「ーーー」


 何故か先程から時折チラチラと視線を感じるのだ。無論ククルは学院では有名人でありこう言った事は珍しくないのだがそれにしても今日は何故か多くの人間から視線を集めている様に感じてならなかった。


 (何なんでしょう?)


 まさか変な寝癖でもついていたのだろうかと少し心配になったククルであったが、事前に確認している以上見た目でおかしな所は無いはずだと考える。


 そうこう考えている内に学院長の話が終わり開会式が終わる。生徒達が体育館を後にしククルも外に出る。結局謎の視線の意味はよく分からないままであったがククルは特に気にしない事にした。



 いよいよ学院祭の幕開けであった。



 ククルは学院側で配られていたパンフレットを広げるとザッと目を通す。


 「さてと、レイさんの作品は」


 渡されたパンフレットにはズラリと出店されたお店や作品の情報が学院内地図上に載っている。


 「彼女の実力と性格を考えると、一番目立つ中央広場辺りですかね。あ、あった」


 そうしてあっさりとレイフォンの作品を見つけたその時、遠くからコチラに近寄ってくる人物がいた。

 揺れ動く金髪の縦ロール。レイフォンであった。


 「あ、貴方!私を騙しましたわね!?」

 「はい?」


 開口一番そう言われ困惑を隠せないククルを置いてレイフォンは話し続ける。


 「涼しい顔をして中央広場にあんな物を置くだなんて!きーーッ!」

 「あの、何の事ですか?」

 「とぼけなくてもよろしい!全く、いつも世間の評価など気にしない風を装っておきながらあんなエゲツない自己顕示欲を秘めていたなんて!まさに猫をかぶっていた訳ですわね!」


 なんか上手いことを言っているレイフォンであったがまるで身に覚えのないククルからすれば事の理解がまるで追いつかない。

 

 「あの本当に何の話か分からないんですが」

 「?」


 そんなククルの発言から嘘の気配を感じなかったレイフォンが逆に困惑する。


 「ん?どう言う事ですの?中央広場のアレは貴方の仕業ではなくて?」

 「中央広場?何のことですか?」

 「えー、と?」


 そうしてレイフォンが指で頭をトントンと叩く事数秒。パッと目を見開いた。


 「あーはいはい、なるほど、完全に理解しましたわ」


 そう言うと先程の剣幕はどこへやら、レイフォンはなんとも言えない目をするとククルから目を逸らした。


 「まあ、あれですわね。ドンマイですわ。えっと、それじゃあ」

 「え、え、」


 そしてスススッとレイフォンが足早に消えていき、残されたククルには言いようのない不安だけが残されていた。


 「一体何が」


 意味がわからずに困惑するククル。必死に頭を回すも何が起きているのか分からない。

 

 ただ中央広場に何かがあるという事だけは確かな様で。


 しかし、私は作品を作ってないしレイさんがあんな事を言った意味がーー。


 と、そこで引っかかる事に気づいた。


 

 そういえば何故かここ数日彼の姿を見ていない。何よりも自分の工房に来ることが史上の喜びとする彼がーー。


 そして先程の視線。



 「ーーー」



 いつの間にか、ククルは走り出していた。









 

 学院祭は既に始まっており、多くの人が学生達の作品や出店に目を向けていた。


 学院祭に訪れる人は、魔術からは縁遠い一般人から魔術界で名を馳せる高名な魔術師まで様々な人間が足を運んでいた。


 そんな中、広場の中央付近に、多くの人の視線を奪ってやまない作品があった。


 視線が吸い寄せられる理由は二つ。


 一つ目は、その作品のクオリティの高さが魔術師、非魔術師の区別なく誰の目から見ても明らかだった事。


 二つ目は、単純に何処からでも見える程にそれが()鹿()()()()()()()

 



 

 「ーーーーーーーーーー」



 マリア学院が誇る才女。ククル・バームクーヘン。二十五年ぶりに十代という若さで今最も勢いのある魔術師トップ10入りを果たし、百年止まっていた刻印魔術の歴史を動かした者。近い将来、間違いなく魔術界を牽引する存在に成るであろう鬼才。


 常に冷静に、淡々と成果を上げる、正に魔術師の鏡の様な人物。



 そんな彼女が今、呆然と口を開けて佇んでいた。


 まるで空を眺める様に顔を上に向けているのは、そうしなければその作品の全容を把握出来ないから。



 

 それは、全長八メートルを超える、クソデカククル石像であった。

 


 ククルが呆然と立ち尽くしていた時間はどれほどだったろう。数分?もしくは数十秒?とりあえずククルの正常な体内時間を吹き飛ばすだけのインパクトをソレは持っていた。


 「でっか」

 「わあ、凄っ、でも誰なんだろ?」

 「あれ、あの子じゃない?ほら石像の前の」

 「本当だ。めっちゃ似てる」


 石像を見た人々からの感想はどれも賞賛するものはがり。それもそうだろう。何せクオリティが尋常ではない。


 服の細かなシワや肌の質感も凄まじいが、はためくローブや髪の毛、猫耳のふわりとした毛の質感は材料が石である事を忘れさせるほどで、近づいて見た人々を驚かせている。


 ククルもコレが自分を模した物でなければ素直に感嘆しただろう。まあ、残念ながら自分を模した物であったのだが。


 「あ!ククルさーーん!見に来てくれたんですね!」


 そして陽気に声をかけてきたのは、恐らくこの作品の製作者であろう阿呆。ロイ・レッペル。


 「どうですかククルさん!中々の出来でしょう!」

 「お、ーーお、ーーお'おおぉぉぉッ!!」

 「え?ククル先輩!?」


 あまりの事に膝から崩れ落ちたククルは愕然と地面を見つめる。


 「どうしたんですかククル先輩!どこか体調悪いんですか!?」

 「おま、おま、おまッ」


 言いたい事が多すぎて逆に言葉が出てこないククルと何も理解していないロイ。


 突如胸に去来した感情がデカすぎて、どう処理すればいいのか分からずショート寸前に陥ったククルは、しかし次の瞬間、スッと落ち着きを取り戻した。


 ククルはパニックに陥りそうになった時、意識を強制的に切り替える事が出来る。


 これはククルがダンジョンを潜る上で培った技術である。

 

 こうする事で咄嗟の場合でも何も出来ずに固まって動けないという事が無くなり生存率がグッと上がるのだ。


 ただこれは感情が消えたとかではなく、とりあえず一旦横に置いたというだけの状態である。


 「ーーロイ君」

 「はい!何ですか!」

 「正座」

 「ーえ?」


 よってククルの心境は何も変わっていない。


 「ククル先輩?」

 「正座」

 「あのーー」

 「正座」

 「あ、はい」


 有無を言わさぬ言動、光が消えたククルの瞳を見て即座に正座するロイ。


 「ククル先輩の怒り顔でご飯三杯は余裕!」とか言うくらい基本的に頭お花畑のロイであるが、この時ばかりはククルと目を合わせる事が出来なかった。


 肌に張り付く様なじっとりとした重い空気。それは明らかに、普段ククルが纏っているモノとは別物であり、早い話、ガチめにキレてた。


 ガクガクと震えるロイに近づいたククルは、正座により高度が下がったロイの両肩に、ポンっ、と両手を置いた。


 「ロイ君、コレは何ですか?」

 「え、えっと」

 「何ですか?」

 「く、ククル先輩の石像です、ね」


 そう答えるロイに依然光の灯らぬ瞳で覗き込んでくるククル。


 「何の為にこんな物を?」

 「そ、その、ククル先輩の偉大さを知ってもらおうと、先輩の為に、作りましたッ」

 「ふーん、私のためですか」

 

 汗を滝の様に流すロイにククルがじっとりとした視線を送る。


 「ロイ君」

 「は、はいいいぃぃいでででででッッ!!!?」

 「いつ、私が、そんな事を、頼みました?」


 ギュウゥゥと万力の力で肩を掴まれたかと思うとロイの体が垂直に地面に押さえつけられた。


 「いでででででッ!!?膝ッ 膝割れるッ!!」


 真上から加えられた力は、ビキビキッと石畳の地面にヒビが入る程の圧力を持っており、いくら身体能力に優れる獣人とは言えその馬力は明らかに異常であった。


 「ひ、膝が!?めり込む!?めり込んじゃう!」


 石畳に膝がめり込む程の力、それはククルが刻印により自身の肉体を強化したからに他ならない。


 また、それだけではなく両肩に乗せた手から別の刻印をロイに刻む事でその異様な身体能力を弱体化させていた。

 

 「う、埋まる!?ククル先輩埋まっちゃうっすよおぉ!!?」

 「えぇ、埋めますから」


 ククルの冷酷な発言に、ぎゃあぁぁーーッ!!と言いながら徐々に地面に沈んでいくロイ。


 そしてある程度ロイが悶絶した所で、ククルの手がロイから離れた。


 「ひー!ひー!」


 足を摩りながら倒れるロイを尻目にククルは石像を見上げた。


 「どうしますかねコレ。解体しますか」

 

 そう言うとククルの手がゴキゴキと不穏な音を立てる。


 「そ、そんな!」

 「何か文句でも?」

 「ひぃ」

 

 異議を申し立てるロイであったが完全にキレているククルを前にしては怯える事しか出来ない。

 

 「失礼、少しいいかね?」


 そんな時、一人の男が歩み寄って来た。

 上質な茶色のコートに身を包んだその男は温和な笑みを浮か近づいてくる。


 「何ですか?」

 「いや何、今物騒な言葉が聞こえてね。何があったかは知らないが壊してしまうくらいならコレを私に譲ってはくれないかね?無論金は出そう」

 「はい?」


 男の突然の申し出に目を丸くするククル。


 「あの、コレをですか?」

 「うむ、実に素晴らしい作品だと思ってね。ーー実を言うと私は彫刻家でね。それなりに世間から評価は得てきたのだが、この作品を見た時正直嫉妬してしまったよ。是非私に譲ってほしい」


 そう興奮した様に言う男にククルは動揺を隠せない。


 「いやあの、こんな馬鹿でかい物どこに置くんですか?」

 「とりあえず庭にでも置こうと思っている。私の持つコレクションの中では大きい部類に入るが問題はないよ」


 軽くそう言ってのける男。


 「は、はぁ、あ、いやあのですね、コレは」

 「譲ります!」

 

 突然の事に驚いたククルであったがこんな物人様の手に渡らせる訳にはいかないと断ろうとした時突然力強くロイがそう言い放った。


 「な、何を言ってるんですか君は!?」

 「だってこのままだとククル先輩に壊されるだけだし!それなら誰かに大事にされた方が良いですもん!」

 「そ、そうはさせませんよ!こんな物残されたらたまったものじゃありません!」

 

 そう言って石像を破壊しようと近づくククルだがその行くてをロイが阻む。

 

 「だ、ダメですよククル先輩!コレはもうこの人に譲ったんです!勝手に壊したゃダメなんですよ!」

 「こ、この!小賢しい事をッ!本気で怒りますよッ!」

 「ひ、ひいぃ!?」


 ククルの怒気に怯えたロイが石像の台座に縋り付く。


 「い、いくらククル先輩でもククル先輩を壊す事は許されないんすぅぅ!!」

 「〜〜〜〜〜ッ」


 確かに石像の持ち主がククルでない以上、勝手に破壊するのは道理に反するのは事実であった。

 行き場を失った拳を震わせながらククルは数秒その場で止まり。


 「もういいですッ」

 

 そう言うと肩を怒らせながらその場を後にした。


 「く、ククル先輩」


 その場に残されたロイは、遠ざかっていく想い人の後ろ姿を眺める事しか出来なかった。






 「あ、石像の方」

 「マジでやめてください。今の私はそれをキャッチーに返すだけの余裕はないんです」

 

 出店で焼いていた串肉をやけ食いしていたククルに冗談混じりに話しかけてきたレイフォンは、ククルが腰掛けていたベンチの隣に腰掛けた。


 「荒れてますわね」

 「当然でしょうッ」


 肉を噛みちぎりながらフンフンッと怒れるククル。そんな彼女に一つの影が近づいてきた。

 

 「失礼、少しいいかね?」


 声をかけてきたのは先程の彫刻家であった。


 「貴方は」

 「ん?どなたですの?」

 「あの石像を買った方です」

 「え?あんなクソデカい物どこに置くんですの?」

 「大丈夫さお嬢さん。私の庭もクソデカいからね」


 そう笑いながら返した彼はククルに視線を戻す。


 「何か私に用ですか?」

 「いや、私が出てきたが為に君達の中が拗れたのではと思ってね。すまなかった」

 「ーーいえ、別に」


 そう言って頭を下げる男。

 だが彼は単純にあの作品に価値を見出しただけであり、そこに罪があるはずも無い。


 その事を分かっているククルは目を伏せなが曖昧な返事をする。


 「遠目から見ていただけだが、察するに彼が暴走して君の許可なくアレを作ってしまったといったところかな」

 「まあ、そうです」


 不満げに肯定するククルに男は笑みをこぼしながら、ここからでも見える石像を見やった。


 「男と言うのは馬鹿な生き物でね。実を言うと私も昔、想い人に似た様な事をした事があった」

 「あら、そうですの?」

 「いやはやお恥ずかしい。若気の至りというやつだよ。だがね、不思議な事に当時の私は何故か彼女が喜んでくれるに違いないと信じて疑わなかったものだ」


 そう言って照れ臭そうに頬を掻く男。

 とてもそんな過ちを犯す様な人物には見えなかった為、素直に驚くククルとレイフォン。


 「でもね、君も見たと思うが、アレはプロの彫刻家の私から見ても素晴らしい出来の代物だ。間違っても悪ふざけの類で作れる様な物ではないよ」


 恐らく、男はそれを伝える為に自分を探していたのだろう。


 「ーー私だって分かってます。彼に悪気が無い事くらい。でも悪気が無ければ何をしても良いと言う訳じゃないでしょう」

 「それはそうだね。だから彼を許せないなら無理に許さなくても良いと私は思う。許してほしいと思うのは男の都合だからね」

 

 そう言った男は「ただ」と言葉を続けた。


 「彼があの作品に込めた熱意は、認めてあげてはくれないだろうか」

 「…」


 優しくそう言われ、ククルは口をつぐんだ。


 「失礼します」


 少し何かを考える仕草を取ったかと思うと、ククルはゆっくりと腰を上げ男に軽く会釈するとそのまま群衆の中に消えていった。


 「機嫌を損ねてしまっただろうか」


 そう心配気に零す男にレイフォンがやふふっ」と笑った。


 「問題ありませんわ。感情が表情に出づらくて勘違いされやすいですけど、その実かなり甘い方ですのよ」


 何も心配する事は無いとレイフォンは笑うのだった。

 





 「ククル先輩ーーーー!!」

 「…」


 先程言われた言葉を自分なりに咀嚼していたククルは、その馬鹿でかい声に意識を戻した。

 声の方に視線を向けると息を荒げたロイがコチラに向かって走ってきた。


 そして目の前にくるなりその大きな体を折り畳んだ。


 「すみませんでした!!俺ククル先輩を不快な気持ちにしようとした訳じゃなくて!なんて言うかッとにかく違うんです!」 


 そう早口にまくし立てるロイにククルは思考をめぐらせる。


 屈強な体を持ち、高い知能を有するロイであるが、事情からまともな人間関係を構築してきた経験が殆ど無い以上行動が空振りやらかしてしまうのは、仕方ない事かもしれない。そう思い至ったククルは大きく息を吐いた。


 「はぁ〜」

 「ッ!」


 ククルのため息にビクッと肩を震わせるロイ。そんなロイに顔を上げる様に言うと不安そうなロイの顔を見て自身の中にあった怒りが萎んでいくのをククルは感じた。


 「ーー君の場合、境遇が境遇ですし、距離感の詰め方やラインの見極めがバグっているのはこの際仕方ありません」

 「ククル先輩?」 

 「ただ、いつまでもそのままじゃ普通に困ります。ーーこれからはしっかりと私の意見を聞いて行動を改めていってください。いいですね?」


 そう言い含める様に話すククル。

 その言葉を聞き少しの間呆然としていたロイは、それがククルからの許しである事に気づきパッと表情を明るくした。


 「ッ!?はッッはい!!わかりました!!」

 

 ガヤガヤとした喧騒の中男の大きな声が響き渡るのだった。

 





◆学院祭二日目◆


 それはククルが魔含植物研究会が展示していた『エゲツなく育ったマンドラゴラ』を見学した帰り道での事であった。


 「誇大表現かと思っていましたがまさかあそこまで大きいとは、一体どうやって育てればあんな風に」


 と、先程見たマンドラゴラのインパクトにククルが脳のリソースを使っていた時。突如グイッと自身のローブが引っ張られたのを感じた。


 「ん?」


 ククルが振り返るとそこには自分のローブを握った小さな黒髪の少女が佇んでいた。


 「えっと、どうしました?」


 一瞬面食らったものの少女に事情を尋ねるククル。

 

 「迷子、あんないして」


 泣くでも不安がる訳でもなくただ事実を述べる少女にククルは若干困惑する。


 「ーー随分余裕のある迷子ですね」

 「もう子供じゃないから」

 「あ、もしかして小人族ですか?」


 胸を張る少女に自身が思い違いをしていた事を悟ったククル。小人族は成人しても子供くらいの身長しかないのでよく間違えるのだ。


 「ちなみにご年齢は?」

 「七歳」

 「ただの子供じゃゃないですか」


 小人族でも何でもなくただ肝の座った少女である事が分かったククルは思い浮かんだ疑問を口にする。


 「それにしてもどうしてこんな所に?」


 ここは中央広場からかなり離れており子供が迷い込むにはかなり距離があるのだがと考えるククル。


 「探究心のおもむくままに」

 「なるほど」


 つまりフラフラと色々なところを見ていたら迷子になったと、まあこの学院結構入り組んでますからね。


 「今日は誰と来たんですか?」

 「一人」

 「一人?ご両親は?」

 「どっちも仕事。仕方ないから一人で姉の様子見にきた。けどどこにいるのかわかんない」


 そう言ってパンフレットを広げて見る少女。


 「お姉さんがこの学院にいるんですか?」

 「うん、二年生」

 「お姉さんは何をするか言ってましたか?」

 「なんかピザやくって言ってた」

 「ピザ?」

 

 この魔術学院でただのピザを焼くとも思えませんし。ーーそう言えば去年栽培科と飼育科辺りが共同でお店を出してましたね。あの時は確か魔力を豊富に含んだガジルオレンジのジュースと上質なオーク肉を使ったオークサンドを出していた筈。

 

 そうしてククルがパンフレットを見つめると、ここからかなり離れた所、というかほぼ間反対にそれらしき店を発見した。


 「お命頂戴店。多分コレですね」


 ネーミングセンスに若干の不安を感じつつも場所を特定したククル。


 「分かった?」

 「ええ、少し遠いですが」

 「じゃ、いこ」


 そう言って手を出してくる少女にククルは一瞬意図を測りかねて、「ーーあぁ」と言うと少女の手を掴んだ。


 「そう言えば名前を聞いてませんでした。私はククルです」

 「ニアだよ」

 

 ククルの手に引かれながら自己紹介をしたニアは小さな足でスタスタと着いてくる。


 「とりあえず一度中央広場まで出ますか」

 「おまかせ」


 そうして歩いているとニアがキョロキョロと辺りを見渡していた。

 

 「どうしました?」

 「広いなぁって。迷路みたい」

 「そうですね。ここは色んな魔術の実験や研究、授業を行なっている場所なのでお部屋が一杯必要なんです。だから色々入り組んでしまうんです」

 「へー」


 相槌を打ちながら辺りを見ていたニアはフッとククルの方を見る。


 「ねぇ、魔術の研究って楽しい?」

 「ん?、ん〜そうですねぇ。お姉さんは何て言ってました?」

 「『しんどッ』って、いつもヒイヒイ言ってる」

 「なるほど」


 話を聞いたククルは少し考えてから話し出す。


 「自分の思ったとおりの結果が出れば楽しいですが、基本そんな上手くは行きませんので大抵失敗します。失敗するとあまり楽しくはないですね」

 「じゃあ楽しくない事の方が多いの?」

 「まあそうとも言えます」

 「じゃあ何でやってるの?」

 「面白いからです」

 「?」


 よく分からないと首を傾げるニアにククルが説明する。

 

 「魔術を研究すると言う事は、誰も進んだ事のない道を突き進む様なものです。道中にどんな困難が待ち受けているかも分からず、そもそも道の先には何も無いかもしれません」


 そう話したククルは「でも」と続ける。

 

 「進んだ結果、自分の思い描いていた以上の物がそこにあった時の感動は格別なものです。一度知ってしまうともう忘れられない程です」

 「そんなに?」

 「そんなにです」

 

 ククルの話を聞いたニアは「ふーん」とよく分かってない様な返事をする。

 

 実際この感覚は自分で体験しなければ実感しずらいだろうとククルが思っていると、ニアが立ち止まった。


 「あれ」

 「ん?」

 

 そうニアが指差した先には大きなシャボン玉の中に入り地面を跳ねている人々の姿があった。


 「魔術の体験教室ですか」

 「したい」

 「お姉さんはいいんですか?」

 「今をたのしもう」


 そう言うニアにククルは、「えぇ」と溢しながらも手を引かれるにまま歩き出す。



 体験教室では事前に用意された二つの液体を混ぜ合わせ調合した液体を魔道具に流し込むとブヨブヨと弾力のある大きな膜が形成され、その中に入り遊ぶというものであった。


 「おほ、すご〜」

 「楽しいですか?」

 「すばらしい」

 

 どうやらニアはかなり気に入った様でそこらを跳ね回りながら堪能していた。


 「あつ」

 「そりゃあれだけ動けば暑いでしょう」


 暫くしてシャボン玉から出てきたニアは汗だくになっていた。

 熱中症になられても困る為ククルが手のひらから冷気を出すとニアの体を冷やす。


 「涼しい〜、べんり」

 「そうでしょう」


 こういう細やかな所にこそ魔術の有り難みを実感するものだとククルは話す。


 「何か飲みますか」

 「おごり?」

 「ええ」

 「あれ、気になる」


 ニアが次に指を指したのはココイラと呼ばれる果実にストローがぶっ刺さったモノだった。ココイラは殻の中に果汁をたっぷり含んでおりさっぱりした甘い味わいが特徴である。


 「ウチで育てたココイラはとても甘いですよ〜。無農薬で〜す。体に良いですよ〜。美味しいですよ〜」

 「あの二つください」

 「はーい!ありがとうございます!見せびらかしながら飲んでくださいね!宣伝お願いしまーす!」


 購入したココイラの実を一つニアに手渡すククル。それにしても癖の強い人でしたね。


 「どうぞ」

 「ありがとございます」


 受け取ったココイラを早速ちゅぅーと飲むニア。ククルも同じく喉を潤す。

 

 「んま」

 「美味しいですねこれ」


 想像以上の味わいに素直に感動するククル。昔一度ココイラを飲んだ事があったがここまでのモノではなかった。


 このココイラは魔力をたっぷり蓄えており、もしかすると育て方が違うのかもしれない。


 そうしてニアとチューチューココイラを吸いながら様々な場所を回ったククル達はいつの間にか中央広場にたどり着いていた。


 「それにしても、人が多くて疲れますね」


 ククルがローブを脱ぎながらそうこぼす。辺りは人、人、人でただ歩くだけでもかなりの体力と精神を消耗する。


 「ねぇ、あれ」


 ククルが人混みに辟易していると、ニアがコチラを見て上を指差した。

 それは忘れ難き、ククルの巨大石像であった。


 「すごい似てる」

 「ーー気のせいじゃないですか」

 「似てる」

 「…」


 子供の純粋な感想にククルが言葉を詰まらせていると、近くにいた若者四人組の会話が聞こえてきた。

 

 「遅かったな」

 「ごめんトイレ混んでて」

 「良いよ、じゃ次あっち行こっか」

 「俺あっちの見たいんだけど」

 「ウチも〜」

 「じゃあここで二手に別れるか。一時間後石像前集合な」


 ーー何か普通に集合場所に使われてるの嫌すぎるんですけど。


 そうククルがげんなりしているとニアが何かをジッと見つめている事に気づく。

 視線を追うとそこにはローブを脱いだ事によって露わになった自身の尻尾。


 「しっぽ」

 「ん?」

 「さわってみたい」


 そう目を輝かせて懇願するニアにククルは一瞬どうするべきか迷ったものの。


 「ーー強く握っちゃダメですよ」

 「やったぜ」


 ニアの前にスッと自身の尻尾を差し出すのだった。







 

 「えー!?何してんのアンタ!?」


 店で調理中に特に面識のないククルに呼び出されたかと思えば、ここにいる筈のない妹の出現にニアの姉アヤノはそれはもう大層驚いていた。


 「ひまだったから」

 「いやアクティブすぎるでしょ!?」


 妹の発言に頭を抱えていたアヤノは、よくよく見ればニアがククルの尻尾を掴んでいる事に気づきさらに動揺する。


 「ちょおっ!?アンタどこ握って!?」

 「許可はえた」

 「アホか!?」


 獣人の尻尾は地域や文化にもよるが基本的にかなり親しい人間にもそうそう触らせないデリケートな部分である。そんな箇所を自分の妹がむんずと両手で握っているのだから慌てるなと言う方が無理があった。ましてや相手はこの学院で名前の知らない者はいないククルである。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!、コラ離せ!」

 「んんーーッ!」

 「ちょッ抵抗すんな!」

 「イテテ」

 「あっごめんなさいごめんなさい!」


 慌てて引き剥がそうとするもののニアの強い抵抗にククルの尻尾が巻き込まれ慌てて手を離すアヤノ。


 結局ククルの尻尾をニアが離さなかった為そのままの形で話をする事になる。


 「でも何でククルさんがウチの妹と一緒にいるの?」

 「迷子になっていたので、ここまで連れてきました」

 「あ"ー、本ッ当ごめんなさい」


 そして再度謝るアヤノ。


 「いえいえ、それでは私はこれで」

 「あ!あの、ちょっと待って!」

 「?」

 

 呼び止められたククルが立ち止まるとアヤノは販売されているピザを指差した。


 「良かったらピザ食べていかない?お礼に奢るからさ」

 「たべよ?」

 「ーーではお言葉に甘えて」


 姉妹にそう言われ、特に断る理由も無かったククルは三人でピザを食べる事となった。


 「はむはむ」

 「私ククルさんに近寄り難い印象持ってたんだよね」

 「どうしてですか?」


 一心不乱にピザに齧り付くニアを見ていた所アヤノに胸の内を明かされたククル。


 「だって功績が功績だし、何か自分達とは違うステージにいると言うか。あとエグい人連れてるし」

 「あれは連れてるのではなく勝手についてきてるんです」

 「あ、そうなんだ」


 勘違いされては困ると訂正するククル。


 「石像もなんかやっぱやる事違うなぁって思ったし」

 「アレに関しては私は一切関与していません。ロイ君が勝手にやった事です」

 「え"、そうなの?よくキレなかったね?」

 「普通にキレましたよ」


 石像の事を思い出して顔をしかめるククルにアヤノは「ふふっ」と微笑んだ。

 

 「何か大変なんだね。親近感湧いてきたかも」


 そう言って横目にニアを見るアヤノ。当の本人はピザを食べる事に必死で姉からの視線には気づいていない。


 「あ、じゃあ写真の方も彼の独断なの?」

 「写真?」

 「ほら、第一校舎の展示スペースでデカデカとやってたやつ」




 「ーーーーーーん"ッ??」







 


 「はぁ」


 学院祭の楽し気な雰囲気に似つかわしくないため息を吐く男が一人。


 男の名はゴート・バール。写真家を志す若者である。


 ゴートは自分の作品が中々評価されない事に思い悩み、気分転換にとこの学院祭に足を運んだ。


 しかしそこで展示されていた生徒達を写した写真を見て気分を落ち込ませていた。


 「…」


 技術も何もない、ただ撮られただけの写真。だが嘘偽りない楽しげな空気感がそのまま伝わってくるのだ。


 一流の画家が描いた絵よりも幼子が描いた絵の方が時として人の心を揺さぶる事はままある。


 恐らくそれは純粋なのだと思う。認めてもらおうだとか、成り上がってやろうだとか、そんな邪念がないからこそ心打たれる。


 「…」


 果たして今の俺にこんな写真が撮れるだろうか。


 暗い気持ちが自分を支配する。


 ゴートはそれ以上写真を見ていられず、その場を離れようとする。


 そこでふと、奥の方にまだ展示コーナーが続いている事に気づいた。


 しかもそれはどうやら一人の学生が設けたスペースである事が記載されていた。


 入口には『我が愛しのククル先輩展』と銘打たれた看板がおいてある。


 気になり除いて見ると、どうやらこのベースは丸々一人の被写体のみに焦点を当てている様であった。白い猫人族の少女。恐らく彼女が看板に書かれていた『ククル先輩』なのだろうと考える。


 (意外に人がいるな)


 普通こういったお祭りごとの展示スペースは得てして閑古鳥が鳴いているものだが、パッと見ただけでもそれなりの客が入っていた。


 とりあえず入口から一番近くに展示されていた写真に目を通す。 


 それは少女が中庭を歩いている所を正面から捉えた写真であった。


 別段どうという事もない写真。

 

 「ーーー」


 だがゴートはその写真を見て若干の違和感を感じた。何なのだろうと良く見てみる。


 そして気づく。


 普通カメラを向けられると大概の人間は身構える。どれだけカメラを意識しないように平静を装ったとしても、目線や口元など細かい部分でどうしても硬さが残るものだ。


 だが彼女は平静そのもの。日常の一部をそのまま切り取った。まさにその様な感想が思い浮かぶ。


 「ふむ」


 彼女が写真慣れしているのか?と考えたゴートであったが、直感的に違うと思った。


 では撮り手の技術が卓越しているのか?そう考え気づく。


 この写真からは撮り手の存在、主張が感じられないのだ。自尊心を満たす為の技術をひけらかす様なものではない。


 『彼女を見てくれ』写真からは、ただただ、そう言われている様に感じた。


 そこからゴートは他の写真にも目を通した。

 

 当然ゴートはククル先輩なる人物の事など何も知らない。だが不思議な事にここにある写真を見ていると少しずつ彼女という存在がどの様な生徒なのか見えてくる様に感じられた。


 そうして写真を見ていると、ふと写真の下にキャプションが貼られていた事に気づいた。


 『ククル先輩の思案顔』

 ククル先輩は物事を考える時顎に手を当てる癖があるが、より深く物事を考えてる時は口元に手を当てる。手の位置によってククル先輩に話しかけるタイミングを見極めよう。ーー可愛い。

 レアリティ★



 「何だこれ」


 そう呟いたゴートは、他の物にも目を通す。


 『ちょっと嫌な事があった時のククル先輩』

 いつもより耳が少しピンと立っている時は機嫌が悪い合図。また分かりづらいかもしれないが眉毛が少し下に寄っているのもポイントだ。基本受け答えなどで通常時と変化は見られない為前述した箇所に注視して判断しよう。ーー機嫌が悪いククル先輩も可愛い。

 レアリティ★★


 『嬉しい事があった時のククル先輩』

 いつもより柔らかな表情をしている。特に僅かだが弧を描く口元はとてもキュートである。また耳がしきりにぴこぴこ動く為分かりやすい部類に入る。ーークソ可愛い。

 レアリティ★★★


 『ククル先輩の欠伸シーン』

 ククル先輩は余程リラックスしている時でないと人前で欠伸をしない。この一枚が撮れた幸福を皆に分け与えたいと思う。ーー天使。

 レアリティ★★★★

 

 『お昼寝しているククル先輩』

 ククル先輩はきっちりとした真面目な性格をしている。だからそこらで寝たりせず過眠室でしっかりと休息を取る為、今まで先輩の寝顔は収める事が出来ずにいた。(仮眠室は男女別な為)しかしこの日は一週間前から先輩は多忙を極めており、全てのタスクが終了すると同時にそのまま自身の工房に置いてあったクッションの上に身を投げお昼寝を始めたのである。これはその時の写真である。当然だがこれは極めて貴重なモノであり普段の先輩からは考えられない姿である。お日様の光を浴びながら丸くなる先輩に静かに毛布をかけながら自分はそっとシャッターを切った。ーー神。

 レアリティ・測定不能



 ゴートは思った。はたして年頃の女性が自身の寝顔の撮影を許可し、尚且つ展示される事を良しとするだろうかと。


 「ーー盗撮じゃねこれ?」

 

 ゴートがそう結論を出した時、遠くから誰かが走ってくる物音が聞こえた。


 物静かな空間にその音はよく響き、皆が入口に意識を向けていると、


 「はぁッ!はぁッ! ーーはあ!?」


 写真の中と同じ顔の少女、恐らく『ククル先輩』が息を荒げながら展示ブースに踏み入って来た。


 「お、お'、お'お'ッーーー!!」


 彼女は飾られている写真を見るや顔を真っ赤にしながら頭を抱え、形容し難い声を上げながら悶絶した。ーーー可愛そう。


 しかしキャプション内の説明を見るに彼女はかなり表情に乏しい娘なのだと思ったが、こうして見ると普通に感情表現が分かりやすい。


 いや普通にキャパを超えただけか。


 そう一人考えている間にも、うずくまって悶えていた少女は突然パッと顔を上げた。


 「殺すッ!!」


 そう叫ぶや少女は踵を返して凄まじい速度で何処かに消えていく。

 

 後に残されたのは何となく事情を理解し憐れみを抱く人々。


 「なんか、大変だなぁ」

 

 自分の抱えていた悩みとか何かどうでも良くなった。ゴートは哀れな少女に想いを馳せながらそう思ったのだった。







 



 「にしても、デカいな」

 「そうですねぇ」


 とある一組の老夫婦が見上げていたのはククルの巨大石像。


 「これも学生さんが作ったのかねぇ」

 「そうなんだろうな、しかし誰なんだろう?」


 近くで見るその迫力に圧倒されながら会話をしている二人に近寄る影が一つ。


 「ふふっ、知りたいですか?」


 そう声をかけて来たのは身長二メートルはあろうかという大男。そうロイである。


 「君は?」

 「この石像を作りし者です。(ドヤ顔)」

 「へぇ!これをかい?凄いわねぇ」


 素直に感心する老婆にロイは手を振る。


 「いえいえ、本当に凄いのはこの先輩のほうなんです!」

 「先輩?…この娘はそんなに凄いのか?」

 「ええ、それはもう!何せ刻印を二つも作り出した天才っすからね!」


 そうまるで自分の事の様に胸を張るロイであったが二人の反応は微妙であった。


 「刻印?ワシらは魔術師ではないからのぉ。そう言われてもよく分からんの」


 そう言う老人にロイは「それもそうか」と手を叩く。


 「そうですね。お爺さんは魔道具を使った事は?」

 「魔道具、そりゃ使った事あるさ。服を洗うも風呂を沸かすももう魔道具無しじゃ出来んからな」

 「そう、その便利な魔道具はいろんな要素で出来てるけど特に重要な要素が三つあります。それが『回路』『魔石』『刻印』。この中のどれか一つでも無いと魔道具は成立しない」

 「ほお?」


 老人の反応を見てロイは続ける。


 「刻印ってのは言語みたいなものです。一つじゃ意味は殆ど無いけど他の刻印と組み合わせる事で文章みたいになってその結果色んな効果を発揮する。風呂の水を温めたり、冷たい空気を出せたりも全部刻印のおかげなのです」

 「へぇ、ありがたいものなのねぇ」


 そう言う老婆にロイはうんうんと頷く。


 「ただ刻印には欠点があって、それは、今のところ使える刻印が全部で三十五個しかないって事」

 「それは少ないと言う事かね?」

 「そう、例えば共通語の『ヒノ語』は五十音で構成されてるけど明日から三十五音しか使えないって言われたらどう思います?」

 「そりゃ不便じゃろ」


 老人の言葉にまた頷くロイ。


 「そうめちゃくちゃ不便。例えば刻印で『みずをひやす」って命令を書こうとしても『ひ』って言語が無かったら『みずをやす』になって意味のわからない文章になる。まあ正確には違うんですけど、超大雑把に言うとそんな感じなんです。だから刻印の数が増えるってのは今までは使えなかった文字が使える様になる感覚に近いっていうか。出来る事がかなり広がるのです」

 「ふむ…なるほど、つまり刻印とやらが増えると今までより正確な文を書く事が出来る様になると」

 「まさにそう言う事です。だから刻印の数が増えると出来る事が格段に増えます。ただそれだけ刻印を作るのは難しいって事でもある。最後に刻印が発明されたのは百年前。それからは誰も新しい刻印を作る事は出来なかった。これ以上刻印は作る事が出来ないとも言われて、研究を辞めた人も沢山いたらしいです」


 そこまで言ったロイは「しかし!」と声を上げた。


 「そこに天才魔術師ククル先輩が現れた!今までの停滞を鼻で笑う様に二つの刻印を発明してみせた!この事実は魔術界を震撼させ、彼女の名は魔術界に一気に広まった!」

 

 大きな声に、なんだなんだ?と周りの人間がロイに意識を向ける中、ロイは構わず話し続ける。

 

 「この二つの刻印の発明により多くの魔道具の燃費の効率化、機能の向上が可能とされており、また今まででは実現困難だった性質を持つ魔道具の製作も可能となった!全てはククル先輩のおかげなんです!」

 「ほお、なるほど、凄い子なのだな」


 老人のその言葉にロイが「ええ!めちゃくちゃ凄い人です!」と興奮気味に語る。


 「俺はそんなククル先輩をこの世の誰よりーー」

 

 


 と、上機嫌に語っていた時、突如背後から伸びた細い腕がガシッとロイの胴体に回された。


 「ん?」


 ロイが首を回して背後を振り返るとそこには見慣れた白い猫耳。よもやロイが見間違うはずもなくその正体に驚愕する。


 「えっ!?ククル先輩!?嘘!?ククル先輩が自ら抱きついて来るなんて!?これは異常事態!!」


 普段のククルでは絶対に取らない行動にロイが心底驚いていると、ガクンッとロイの体が揺れた。


 「あ、あれ?力が、凄い抜けてッあれれッ?」


 体の芯から力が抜けていく感覚にロイが困惑している間にもどんどん力が抜けていく。


 ミシッバキッ、ミシッミシッ!


 「あ'っ、え、え、?」


 そしてどんどん上がっていくククルのパワー。


 腕ごと抱きしめる様に拘束されたロイは徐々に自分の体が異音を立てながら絞られていく光景に、ここに来てようやく慌て出す。


 「く、ククル先輩!?パ、パワーがッ!?いでででッッ!?お、俺の体が軋んでッ!?先輩!?パワーがッ!?!」


 ギチチチッ!!とロイの体がまるで、ひょうたんの様に絞られ変形していく。


 「オ'!?ゴゴゴゴッッ!?」


 ギュウゥゥゥッッ!!!と締め付けられ口から泡を吹くロイ。そして世界が反転する。



 「このッ!イカレポンチがぁッッ!!!」

 「おわあああーー!!!?」


 ズッドンッッ!!!と言う地が揺れる程の衝撃と爆音。


 「ふっーー! ふっーー!」


 驚愕する周囲の人間。

 息荒れるククル。

 地面に頭からブッ刺さるロイ。


 「ジャーマンスープレックスだ!」

 「あの細身であの巨体を投げるのかッ」

 「すげぇ 初めて見た」

 「てか死んだぞアレ」


 胴体まで見事に石畳に突き刺さったロイ。その威力にドン引きする周囲を尻目にククルは「ぺっ」と唾を吐くと肩を怒らせながらその場を後にした。


 そして一瞬のうちに出来上がった奇妙なオブジェと化したロイ。

 

 事の成り行きを見ていた学生達は「うわー」と言いながら近寄ってくる。


 「ククルさんをあれだけ怒らせるって何したんだろ?」

 「さあ、コイツイカれてるしな」

 「おーい、生きてるか?あぁ、生きてるなこれ。生きてるのかこれで」


 土煙と爆音で駆けつけた人々はその光景に当然驚愕する。


 「えー何このオブジェ〜、ウケる」 

 「さっきまで人だったんだけどね、それ」



 この日のククルにとって災難でしかなかった学院祭は深く記憶に刻まれる事になった。






 「ふふん!私の勝ちですわククルさん」

 「あの石像を私の作品にカウントしないでもらえますか」


 学院祭終了後、優秀賞を貰ったレイフォンの作品『ミニチュア世界』を眺めながらククルはげんなりとそう言うのだった。





◆ククル・バームクーヘン◆


 「ふわぁ」


 ある日、公園のベンチで日向ぼっこをしていたククルは遠くで遊んでいる子供達をボーっと眺めながら大きな欠伸をした。


 健康の大切さを説かれたあの日からククルはこうしてゆっくりとする時間を作る様にしているのだ。


 「はいお前鬼な!」

 「あ!くっそ!」

 「へっへー!」

 「おら!バリア!」

 「はいバリア貫通〜!」

 「はぁ!?俺スーパーバリア使ってんだけど!」

 「俺のタッチは全てのバリアを貫通するんですー!」

 「は?無効だし!無効無効!」

 「無効とかないからお前鬼」

 「ふざけんな!オラ!」

 「イッテ!てめこのやろ!オラオラ!」



 ーー子供ってあんなしょうもない理由から喧嘩に発展するんですね。ーー私も小さい時あんな感じだったんでしょうか?


 と、鬼ごっこから腐れしょうもない理由で喧嘩を始めた子供達を見ながらそんな事を考えるククル。


 暖かな日差しと程よい喧騒が眠気を誘う。


 「動くな」

 「?」


 そんな穏やかな日常に、突然不釣り合いな鋭い声をククルの耳が捉えた。


 声のした背後を振り返ればすぐ後ろに黒いローブを頭まで被ったいかにも怪し気な男が立っていた。


 その男は冷たい瞳でククルを見つめており、纏っている雰囲気は明らかに後ろ暗い事を生業としている者のそれである。


 「ククル・ロールケーキだな?」

 「誰ですかそれ」

 「シラを切るな、素性は知れている」


 そう言う男に新たに現れた別の男が耳打ちする。


 「隊長」

 「ーー、ククル・バームクーヘンだな?」

 「はぁ、そうですが」

 「チッ、紛らわしい名前をしやがって」

 

 いやかなり覚えやすいと思いますが。


 「まあいい、黙って俺達について来い」

 「はい?」

 「聞こえなかったか?俺達について来いと言ったんだ」

 「冗談ですよね。そんな誘い文句じゃ今時幼子でもついて行きませんよ?もう少し考えてから出直してください」


 そうキッパリと断るククルに怯えの感情は垣間見えない。


 「大人しく着いて来ないなら手荒な真似をせざるを得ないな」

 「正気ですか?こんな場所で騒ぎを起こしたらすぐに魔導局に連絡がいきますよ」

 「問題ないな」

 

 そう言って男が右手を挙げると

、スッとどこからともなく同じく黒のローブで身を包んだ人間が公園の各地に現れた。

 

 「連絡されても速やかにお前を連れて離脱する事は出来る。ただ俺達も面倒事は避けたい。お前が黙ってついて来るなら俺達もここでは大人しくしていよう」

 

 そう言う男の視線の先には、鬼ごっこに興じる子供達の姿があった。


 暗に子供を人質に取っていると言う男にククルが目を細める。

 

 「不快ですね」

 「お前の感想などどうでもいい。どうするんだ」

 「ーーいいでしょう」


 そう言うとククルはベンチから腰を上げるのだった。


 



 「これどこに向かってるんですか」

 「答える義務はない」


 男達に連れられたククルは現在魔導車に乗せられ何処かに運ばれていた。


 車内には三人の黒ローブがおり、ククルは魔力を封じる手錠を付けられ後部座席に座らされていた。


 「じゃあ私は何の為に拉致られてるんですか?」

 「ーーー」

 「それくらい答えてくれても良いでしょう」

 「ーーお前には我々『堕天』の為に働いてもらう」

 「堕天…犯罪組織が私に何をさせようと?」

 「詳しい事は知らん。だが上はお前の事を高く評価している」

 「それはどうも」


 皮肉げにそう返したククルは男に質問する。


 「貴方達が堕天なら聞きたい事があります。様々な非道な人体実験や危険生物の繁殖、違法薬物の栽培など貴方達は大概の犯罪には手を染めています。何故そんな事をしているんです」

 「魔術を発展させる為だ」

 

 男の言葉にククルが困惑していると、それを感じ取ったのか男が説明を始める。


 「『アーク理論』は知ってるな?」

 「アーク・ゴフが提唱した魔術理論の一つ。魔術は素材、環境、技術、正確な理論が揃えば実現出来ない事はないと言うものですね」


 そう言うと男は頷く。


 「そうだ。だが実際はどうだ?現代の魔術は万能たり得ているか?答えは否だ。どの分野でも極まったと言える物は一つとしてない、不完全な代物だ。我々は真の魔術を手に入れたいその為に日々活動している」

 「その為なら犯罪も厭わないと?」

 「俺達がやろうとしている事をお前達が勝手に犯罪だ何だと騒ぎ立てているだけだ」

 「その結果多くの人間の命が脅かされている事について何か思わないのですか?」

 「何とも思わん」


 本当に何とも思っていない様な口振りで男は話す。


 「命だ何だのと、そんなくだらない事にこだわりだしたから魔術の発展は遅れだした。ロイズ・ホーランドの『外接手術』然り、テン・マーカスの『子供作り』然り、お前達が外道と呼んだ犯罪者達が魔術の発展にどれだけ貢献したと思っている。いつだって時代を進めるのは常識に囚われない異物達だ」

 「それが自分達だとでも?」

 「そうだ。我々は誰よりも真摯に魔術と向き合っている。勝手に枷を作りその中で活動している愚かなお前達とは違う」


 そう、まるで誇るかの様に言ってのける男にククルは目を細めた。


 「では、貴方は何を成しましたか?」

 「なに?」


 ククルの質問に男が眉を顰める。


 「堕天に入って貴方がどう魔術の歴史に貢献したかと聞いているんです」

 「ーー」

 「枷もなく伸び伸びやれていたのでしょう?教えてください」

 「貴様」


 挑発するかの様な言葉に男から危険な雰囲気が漂う。普通の人間ならこの時点で口をつぐんでしまうだろう場面でしかしククルの口は止まらない。


 「大方、表で評価が得られなかったから甘い話に乗って犯罪組織に加入したのでしょう?大きな力とそれらしい理念に包まれていれば自分の弱さから目を逸らせますし、自己肯定感も上がりますもんね。まあ、やらされている事がこんな使いっ走りじゃあ何ともーー」

 

 そこまで言ったククルは、ガッと、男に胸ぐらを掴まれた。


 「黙れ」


 男の殺気が車内を満たす。しかし怯えるでもなくただコチラを見つめてくるククルに、男はしばらく睨みつけるものの、「チッ」と舌打ちをすると乱暴に手を離した。


 「隊長、そろそろ着きます」

 「分かってる」


 そこから数分後、魔導車がゆっくり止まったのは古びた工場であった。


 男に促され車内から降りると工場から数人の仲間と思わしき人間が出てくる。


 「目標はそれか」

 「ああ」

 「よし、とっととずらかるぞ」


 短く言葉を交わすと工場の中に足を踏み入れる。

 そこには大きな魔法陣が引かれていた。


 「起動に何分かかる?」

 「三分」

 

 そう男達が話している間ククルはその魔法陣を眺めていた。するとそこに他の男が寄ってくる。


 「おい」

 「何か?」

 「お前、何故慌てない」

 

 男は魔法陣を指差すとククルに問いかける。

 

 「あの魔法を通れば後戻り出来ない事くらい分かるだろ?何故そんな冷静にしている。何かを企んでいるのか?」

 「拉致された相手が企むもクソもないでしょ。まぁ冷静なのは単純に焦る必要性を感じないからです」

 「お前にとってこの状況は慌てるほどの事では無いと?」


 男の質問にククルは焦りの表情一つ浮かべずに答える。


 「そうですね。少なくともこの場に私より優れた魔術師がいない以上危機感は感じませんね」


 そう言い切ったククルに男は鼻で笑う。


 「魔術を封じられてる者が何を言ってる。まあ仮に魔術が扱えても何も出来んがな」

 「何故?」

 「お前は確かに大層な功績を残したが、魔術師の優秀さと実戦での戦闘能力は必ずしも比例しない。ましてや刻印を主体にする魔術師など戦闘には不向きだ」

 「まあ、そうですね。間違ってませんよ。刻印はそもそも戦闘をする為の魔術ではないので」


 そう言うククルはしかし依然として冷静なままで。


 「と言っても何事にも例外はありますが」

 「何?」


 ククルの発言に男が眉を顰める。もしやこの女にはこの状況を打開できる何かがあるのだろうか、と空気が張り詰めたその時。

 


 ギュピピピピピピッッッ!!


 遠くから奇怪な音が響いた。


 「何だ?」

 「あ、来た」


 ククルがそう溢したその瞬間。固く閉ざされていた厚い扉が文字通り吹き飛んだ。


 「ククル先輩ッッ大丈夫ですかあぁぁーー!!!?」


 突然壁をブチ破り侵入してきた二メートルを超える男は、手錠を嵌められていたククルを見るやビキビキッと血管を浮き上がらせた。


 「おッ、お前らッ!! フーッッ!! お前らッッ今からハンバーグッッッ!!!」

 「な、何だこいつッ!?」


 いきなり登場して意味のわからない事を言いながらメキュメキュメキュッ!!と筋肉が膨張し、今にも人間を辞めそうなオーラを放っている人型のナニカにドン引きする男達。


 「馬鹿なッどうやって!ーーお前いつ助けを呼んだ!」

 「呼んでません」

 「は?」


 ククルの発言に間抜けな声を上げる男。


 「助けなんか呼んでませんよ。彼が一人で察してここに駆けつけただけです」

 「ーー何を言って」

 「私の事ならどこに居ても危険が迫れば分かるそうです。怖いですよね。意味分かんないですよね。でも理解するのは諦めた方がいいですよ。私は諦めました」


 そう言うとククルは今にも男達に飛びかからんとも前傾姿勢を取るロイに声を飛ばす。

 

 「ロイ君ハンバーグはダメです。生かしてください。後で魔導局に引き渡します」

 「あ、はい」


 瞬間ククルの一番近くにいた男が五メートル空中に吹き飛んだ。


 ローブに予め張っていたのであろう魔術防御装甲をブチ砕き、更に張られていた障壁をブチ破り、魔力で強化された肉体を捉え吹き飛ばしたのはロイの右ストレート。


 仮にククルの命令が無ければ余裕で上半身がバイバイしていたであろう威力の拳骨は魔力すら纏っておらず、素の身体能力のみで行われた一撃。


 綺麗な放物線を描きながらガシャンッ!!とガラクタの山に突っ込んだ男はそのままピクリとも動かない。


 仮に魔力を込めて殴っていたなら、アレだけの防御がありながら落命は避けられなかっただろう。そんな拳が他の獲物に向けられた。


 「くっ!ブレイブフォース!」

 「フレアランス!」

 「ウォータースライス!」

 「ババムロドム!」

 「ピーターメテラ!」

 「ナユココ!」

 

 ここに来て目の前の男の異常性に気づいた他の者達は、ロイに向け一斉に魔術を放つ。

 廃工場内に響く爆裂音と辺りの視界を覆う程の粉塵。


 「はぁ、はぁ!」

 

 確かな手応えを感じつつも警戒を怠らない辺り、彼らが戦闘員としてかなりの経験を積んできた事が窺える。


 魔術のキレも良く、決してレベルの低い攻撃ではなかった。


 「かゆ」

 「ーーえ、え?」

 「ん?、ん?」


 が、ダメ。

 最早人類の肉体強度を逸脱したロイにとってはこの程度の魔術大したダメージにはなり得ない。


 その事実に実践の場において致命的なまでに男達は一瞬硬直した。しかし無理もない。相手が魔術的な防御を纏っていない事は見れば分かる。分かるからこそ目の前の男がノーガードで無傷な事に頭が追いつかない。


 そして棒立ちのカカシとなった男達をロイが見逃すはずもない。


 ククルが二度瞬きをする頃には全員ガラクタの山に体を突っ込んで動かなくなっていた。


 「ククル先輩!大丈夫ですかー!」

 「大丈夫です」


 「あのクソ共ッ!ククル先輩にこんな無骨な物をッ!」

 「外せますか?」

 「お任せを!キエェェ!!」


 手刀一閃、手錠をまるでクッキーの様にブチ折るとそのまま腕力で変形させる。


 「ああ!手が赤くなってますよ!やっぱアイツらバラそう!」

 「やめてください。それより魔導局に通報しましょう」


 暴走しそうになるロイを制しながらククルは移動の前に男達に取り上げられていた水晶版を取り出すと魔導局に連絡した。


 通報からそれから直ぐに駆けつけた局員によって男達は連行されていき、ククル達は事の詳細を説明し、解放された時にはすでに夕方になっていた。

 

 「まったく、折角の休日が台無しです」

 「まったくですね!」


 そう言いながらもロイはどこか上機嫌にククルの隣を歩く。

 

 「ふふっ!ククル先輩!それよりどうでしたか!」

 「何がですか?」

 「ククル先輩の危機に颯爽と現れて救い出した俺!めちゃくちゃカッコよかったでしょう!これはもう惚れたでしょう!良いんですよ俺の胸に飛び込んできても!」

 「ーーふむ」


 腕を広げるロイを見ながらククルは考える。


 ぷっちゃけロイ君が来なくてもどうにでもなったんですよね。


 あまり知られていない事だが刻印は仮に魔力を封じられても事前に刻んであった物なら問題なく発動する事が出来る。


 スイッチを押すだけだからだ。そこに魔力は関係ない。


 ククルは自衛の手段として自分の体に幾つも刻印を刻んでいる。よって先の場面いつでも打開する事は可能だった。


 それをしなかったのは街中では反撃で周りに被害が及ぶ可能性があった事と、男の仲間を一網打尽にする為である。


 「ロイ君」

 「はい!」

 「ありがとうございました。ただ惚れてはいません」

 「何で!?」


 まあ、わざわざ言わなくても良いですね。


 そして歩き出すククルにロイが後ろをついてくる。そこでふと、今更ながらに聞きたい事があった。


 「一つ聞いて良いですか」

 「はい!何なりと!」

 「何で私の事がそんなに好きなんですか?」


 今日のククルは客観的に見ればかなり危険な状態だった。そんなククルを危険を顧みずに助に来たロイだが(本人は危険だとは思ってなかった可能性大)どこでそれ程までの好感度を稼いだのか甚だ疑問だったのだ。


 「う、うーーーん?」


 ククルの質問に珍しく頭を悩ませるロイ。

 そうして暫くうんうん唸っていたロイであったが。


 「よく分かりません。ただククル先輩の全てが好きです!ラブラブ!」

 「ーーそうですか」


 一体自分に何故それ程の好意を寄せているのか依然理解出来ないククルであったが、恋愛というのは必ずしも何かしら明確な理由があって人を好きになるものでもないのであろうと、ククルは結論付ける。


 「ーー多分、私はロイ君の想いに応えてあげられません」

 「え"」


 ククルの言葉に酷くショックを受けたロイ。


 「別に君が悪いという訳ではありません。ーーいや悪い時もあるけど……これは私の問題です。私はこの先誰かと一緒になる事はないと思います」

 「何でですか?」


 理由を問うロイにククルは一瞬口をつぐむと、ゆっくりと話だした。


 「ーー私は、パン屋の母と魔術師の男の間に生まれました」


 街中を歩く家族連れを眺めながらククルは続ける。


 「母が私を身籠ると、男は私を堕ろす金だけ置いて何処かに消えたそうです」

 「何でそんな事知ってるんです?」

 「母が再婚したんです。その時相手側にその時の事情を話しているのを偶々聞いてしまったんです」


 そうして話すククルは何かを思い出す様に虚空を見つめていた。


 「刻印の件で魔術師として評価された時、様々な魔術師と会う機会がありました。その時その場に、偶々ソイツがいたんです。母から名前は聞き出していましたし、写真も残っていたのですぐにわかりました」


 グッと拳を握りながらククルは乾いた笑みを零した。


 「その男、私になんて言ったと思います?」

 

 君が噂のククル・バームクーヘンだね。いや実に素晴らしい才能だ。どうかね今度私と食事でも。


 「バームクーヘン。そんな、一度聞いたら記憶の片隅に残りそうな母の性すら、あの男は覚えていなかった」


 そう語るククルの瞳は暗く澱んでいて。


 「私は、そういう男の血を引いているんです」


 忌々しそうにそう呟いた。


 「あの男の血が、自分に流れている事が怖くてたまらない。いつか私自身の手で大切に築き上げたモノを壊してしまうかもしれない。それが何よりも怖いんです。だから、私は誰とも一緒にはなりません」

 

 そう胸の内を吐露したククル。


 本来なら誰にも言う事は無かっただろう。しかしこの話をしたのは、自分の為に危険を顧みず突撃する程コチラを好いてくれているロイへの、ククルなりの誠意のつもりだった。


 その話を聞いてロイは少しの間立ち止まる。


 それを見て流石にこのタイミングでする話では無かったかと反省するククル。


 今日色々あって平常の精神状態ではなかったと、この時になって気づいたククルは立ち止まってしまったロイをフォローするべく声をかけた。

 

 「あの、ロイ君ーー」

 「ククル先輩!付き合ってください!」

 「ーーーん?」


 ーー。


 ーー今この男は何と言ったのだろう?自分で言うのも何だがそれなりに重い話をした筈なのだが、いやまさかこの空気で告白?そんな馬鹿な。


 「今なんと?」

 「付き合ってください!」

 「ーーーーー。あ?」

 

 改めて聞いて、何でコイツこのタイミングで告白したんだ?と心底不思議な顔をするククル。最早理解は捨てた。


 「ククル先輩は最高の女性です!きっと最初は何やかんや言いながらも結局子供四、五人くらい産んで幸せな家庭を築いて楽しく暮らしてるタイプだと思います!だから何の心配もしなくて大丈夫です!」

 「え、え」


 タイプ?子供?


 「そう言う訳で付き合ってください!」

 「え、え」


 何が、そう言う訳?マジでよく分からない。どう言う事なんだろう?もう怖いなんか。

 

 「ククル先輩返事は!」

 「え、ないです。ない」

 「何で!?俺気にしないですよ!ククル先輩がどんな人の子でも!」

 「いや私が気にするって話で…え、嘘…何も通じてねぇじゃん。…えぇ〜、あ〜〜何かもう疲れた」

 「あ、ククル先輩のタメ口!これは本当に疲れている時にしか出てこない非常にレアなーー」

 「あ〜〜ッうるさいうるさい」


 耳を塞いで早足に歩くククルをロイが追いかける。


 そうしてゆっくりと、二つの影は街の中に消えていく。


 この先もククルは様々なトラブルに巻き込まれるだろう。



 だがきっと退屈はしない筈だ。














 登場人物紹介



 ククル・バームクーヘン


 種族 猫人族

 年齢 18歳

身長 152㎝

 体重 45kg

 スリーサイズ B76・W53・H82

 好きな食べ物 肉、魚

 苦手な食べ物 甘いもの

 


 人物


 青の瞳に白の長髪の少女。

 容姿はかなり優れており、性格も良いため実はククルを好きな男は学院内にそれなりにいる。

 ただ魔術師は基本的にプライドが高く周りの目を気にする生き物な為、魔術師として自分より明らかに優れているククルに対して露骨なアプローチが出来ないでいる。「うわ、アイツククルさんに告ってるよ」「身の程知らねえな」「釣り合ってねぇ」とか誰も言われたくないのである。


 家族は母と父の三人家族。

 ククルが6歳くらいの時に母親が魔道具店で働く男と再婚。普通に優しいし良い人なので関係は良好。生まれた時から父親という存在がいなかったため案外すんなり「お父さん」と呼ぶ様になる。

 刻印の件で魔術師が集まるパーティーに呼ばれ出席した時にクズの親父と対面。顔面パンチをお見舞いしようとしたがギリギリで自重。代わりにこの世のものとは思えない程の凄まじい便意に襲われる呪いをかけた。


 刻印を学び始めた理由は小さい時に家の魔道具を分解していた時、中から妙な模様が描かれた部品が出てきて何じゃこりゃ?と疑問に思ったのが始まり。そこから独自に勉強して自作の魔道具を作り上げコンテストに出すと優勝したためウチの子ヤバッてなった。そこから本人の希望で魔術を教えてくれる塾に通う事になる。(魔術塾は料金が高いので一般家庭は通いづらいのだが愛娘の為に両親は頑張った)

 マリア魔術学院には特待生として入学。遺跡やダンジョンにもちょくちょく潜る様になる。(理由は色んな発見がある為)そして何やかんやあって筋肉の化け物に目をつけられる。


 肉や魚を好んで食べる。逆に甘い食べ物は苦手。理由としては実家のパン屋が砂糖をまぶしたパンを多く作っているのだが幼少より余った分などが毎日の様に朝食に出てきたため流石にイヤになった。



 戦闘面 

 結構強い。獣人特有の高い身体能力と刻印によるバフで並の魔術師なら無双出来る。本来は刻印を刻むのに時間が掛かるがククルの場合技術が卓越しすぎて殆ど触れると同時に刻める。(難しいの除く)これにより相手に接近してデバフ刻んだり壁や地面などに即座にトラップ仕掛けたりするからかなり強い。ただ魔術の本質的に本領はサポートにある。




 ロイ・レッペル


 種族 たぶん人間

 年齢 17歳

身長 202㎝

 体重 110kg



 灰色の短髪に黒の瞳浅黒い肌。顔はイケメン。

 幼少期に『堕天』により孤児院から拉致され新人類計画の実験体にされる。

 実験の結果なんかめちゃくちゃ凄い人間になった。

 驚異的な身体能力に目がいくが実は知能もめちゃくちゃ高い。ただククルが絡むと途端におかしくなる。そしてロイは常にククルの事を考えているのでずっとおかしい。

 ククルの事は一目惚れで好きになったが肉体改造の結果オスとしてのスペックが跳ね上がった事により本能的に優秀な遺伝子を持つ女性を求めており、その結果の異常な好意でもあったりする。ただこの先ククルより優秀な女性が出てきても靡くことはない。


 本人は知らないが実は体の中に封印が施されておりそれを解除する事で更なる力を引き出す事が出来る。

 


 戦闘面


 異常な身体能力に加えて異常な再生能力も持っている。頭も良いのでただ突っ込んだりしない。魔術も普通に使えるが魔力纏って殴れば大抵ワンパンなので使わない。

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