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フランチェスカ 四十八歳



 嬉しいことが起こりました。


 王都で一発当ててやる、という少女の頃の夢が叶ったのです。『フランチェスカ・ロレイン』という私の名前を冠したブランドは、王都で大成功を収め、一番大きな通りに私は店を出すことになりました。


 店舗は評判が評判を呼び、恐ろしいほど順調に売り上げを伸ばしていきました。


 夫であるトム・バーガンディと別の道を歩む決意をしたのは、必然だったのかもしれません。マルグリットが十歳になった頃には、トムはもうほとんど家に帰らなくなっていましたから。風の噂によると、踊り子の若い女に入れ揚げて借金を作ったとか、性転換をしてショーパブに出入りしているとか。


 いずれにせよ、私たちは共に生きることは出来なかったのです。それだけが結果であり、結果以外は何の意味も持ちません。



「ケホッ……」


「母様、大丈夫?」


 今年度の布地の注文書を確認していたら、心配そうな顔をしたマルグリットが駆け寄って来ました。


 彼女はこの春から全寮制のアカデミーに入学します。たった一人の娘が親元を離れるのは寂しいことですが、ここは涙を呑んで見送るべきでしょう。


「大丈夫よ。入学の準備は進んでいるの?何か買い足すものがあったらジョセフィーヌに(ことづ)けなさい。後で私と買いに行っても良いわ」


「もう、相変わらず心配性ね。私だって十五歳になるんだから、子供じゃないってば」


「貴方はいつだって子供よ。私の大切なたった一人の宝物。遠くへ行くのは悲しいけれど、どんなときも私たちはここで待ってるから」


 よく食べて、よく学ぶこと。

 それだけを約束して私はマルグリットを送り出しました。まだ若い彼女の世界は瑞々しい青色に染まっていて、可能性はきっと無限大です。


 田舎町から出て来て色々なことがありました。

 嬉しいこともあれば、辛いことも色々。


 トムとの関係に悔いがないと言えば嘘になりますが、私たちの間にマルグリットが生まれて来てくれたのだから、結局のところは幸せだったのでしょう。


 亡くなった母がよく言っていたことがあります。人は皆、それぞれが幸せのコップを持っているという話です。そのコップの大きさは人によって違い、ある人は小さなコップが一杯になったことを笑顔で喜び、またある人は大きな大きなコップがなかなか溜まらないと嘆く。


 私のコップはどれ程の大きさだったのでしょう?


 自分では案外分からないものですね。

 だけれど、私は思うのです。きっと私のコップはもうとうの昔に一杯になっていたのだと。ジョセフィーヌやマルグリットという温かな人たちに囲まれて、私は十分幸せだったのだと。



 アカデミーに入学した娘が何度目かの長期休暇を利用して帰省した夏のこと。風邪で寝込んでいた私に、医者はそれがただの風邪ではなく流行り病の一種で、虫食いのように穴の開いた私の身体は、もう長くは保たないと伝えました。


 不思議と残念には思いませんでした。

 いつの日かに叔母が私に溢した「子を置いて先に逝くなんて」という感情もありませんでした。ただ、少しだけ、ほんの少しだけ寂しくなっただけです。


 日に日に弱っていく私のことを、周囲がどう思っていたのかは分かりません。あまり考えないようにしていたのは事実です。涙というものは伝染しますから、泣くときは皆が寝静まったのを見計らって、こっそりと泣きました。


 最期の日は、よく晴れた春の日でした。

 私の好きなスズランの花が枕元に飾ってあったのを覚えています。ジョセフィーヌが気を利かせてくれたのでしょうね。


 マルグリットとジョセフィーヌ、そして何人かの使用人に囲まれて、私は幻を見ました。まだ若い、十代の自分が窓の外に立っていたのです。細い腕に両親が遺した遺品を抱いた少女は、泣きそうな顔でこちらを見ていました。


 私はもうすっかり肉の落ちた手を上げます。

 突き出した拳がよく見えるように、高く掲げて。



「ほらね、こんなにも幸せよ」






End.



ご愛読ありがとうございました。

様々なライトノベルがある中で、こんな話もあって良いかなと思ったので掲載してみました。誰かの心に響けばうれしいです。

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