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フカイモリ

作者: タコ

 四方を深い森に囲まれた小さな村がある。人口一〇〇人にも満たない粗末な村だ。日々過疎化の進むその村に、足を運ぶ者など誰一人としていない。


 この村に生まれた者は、多かれ少なかれ自分の宿命を呪う。

 と、いうのもこの村には『決して森の奥に入ってはならない』という絶対的な掟があったからだ。

 そのような掟が何故あるのか誰も知らない。大人はおろか老人ですら……。

 故に、血気盛んな若者達は言う。「分からないなら別に良いだろう」――と。

 彼らは、このつまらない村から出たいのだ。破たんした未来しか見えないこの村に、希望など無い。

『忌々しい深い森。じめじめと暗く、陰鬱とした不動の森。そこを抜けた先に、まだ見ぬ新世界がきっと広がっている』

 若者達は心からそう信じていた。

 しかし、大人達はそれを否定する。

「森の奥に行って、戻ってきた者はいない」

「命が惜しいなら、森に入るな」

「皆、昔からそうしてきた」

 そう言って、説得にならない説得で無理やりその場を収めようとするのだ。

 若者達は当然反発する。

 不毛な堂々巡りだが仕方がない。誰も掟の意味を説明できないのだから。



 ある年のある晩、一人の若者が静かに立ち上がった。森の外に夢を見る、野心満々な青年だ。青年は常々こう思っていた。

 ――森を抜けた先、そこに何があるのかを知りたい。村を出た人間が帰ってこないのは、きっと帰ってきたくない程素晴らしい世界があるからだ。

 青年は腰に剣を携え、一人森に向かった。

 星も静まる、深い夜の事だった。


 無垢な希望だけを胸に青年は進む。樹木の群れは冷たく湿った空気に満ち、そこに響くガマと虫の混声合唱は耳をつんざくほどだ。

 辺りは暗く、月明かりだけが頼りのケモノ道。

 チカチカと好奇の眼差しが黄色く点滅し、フクロウが「ホウホウ」と不気味に笑っている。

 しかし青年は、臆することなく真っ直ぐ道を進んだ。



 空が白んできた頃、青年はふと立ち止まった。

 祠がある。

 すでに朽ち果てて倒壊してはいるが、確かに祠だ。

「なんでこんなところに」

 青年は考えを巡らせた。そして一つの答えにたどり着いた。

 ――先人達の思い込みで、あの村は永遠の牢獄と化したのではないか……。

 昔の人間はとかく信心深い。今の世から見れば笑いごとでしかない事も、彼らは大袈裟に捉えていた。

 おそらく昔、何かがあったのだ。そこで先祖達は祠を作り、そしてそれに祈りを捧げた。しかし、祈りはいつしか呪縛に変わり、あの村を今日こんにちまで縛り続けた。そしてこれからも……。

 ふざけた話だ!

 青年は腰に携えた剣を抜くと、勢いよく祠に振り下ろした。すでに倒壊していた祠は、灰色の埃と鈍い音を伴い、真っ二つに割れた。もうもうと立ち上る煙の前で、青年は咆哮する。

「ざまあみろ!!」

 刹那、地鳴りと共に大地が揺れ、一陣の鋭い風が吹いた。

 青年は「あ……!」と空を見上げ、腰を抜かした。

 黒い蟲のような姿。大きなハサミ、先端の尖った長いしっぽ。――蠍だ。

「……」

 夜も明けようという空の下、青年はソレが崩れ落ちていくのを茫然と見届けた。



 数年後――。結局、青年は村に戻ってこなかった。近所の友人も、仲良くしていた女の子も、彼の家族も親戚も皆、青年が帰ってこない事を知っている。


 昔からそうだった。この村を出て、帰ってきた者はいない……。


 しかし彼らは幸せだ。粗末であれ『村』という居場所があるのだから。そして永遠に知る事はない。人が住める場所など、もうどこにもないという事を。

 蠍が食い止めていたのだ、森の侵食を。蠍の猛毒が木々の成長を遅らせていた。だから村は保たれていたのだ。しかし、青年が蠍を殺してしまった……。

 この村もじきに終わる。森に喰われてその一部となる。あるいは過疎化の進む小さな村。蠍がいなくても、この村の滅びはもうすぐそこだ。


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