勘違いしていた後宮の役割
(ここが後宮……王のための女性の園だから華やかだと思っていたけれど)
ベスティア国については予習していたが、実際の後宮は想像とは全く違っていた。案内された後宮は簡素で無骨な造りで、砦のようだった。
城の方が秀麗であった分、寒々しい堅牢さが際立つ。
(ううん。砦ではなく、牢獄なのかも)
王のためだけに集められた女たちの。一生出ることのかなわない場所。外界から隔絶され、王以外の男性と接することなく、寵と美を競い合い、蹴落とし合う。
そんなことを想像して、メラニーは震えた。
「やはりお顔の色がよくありませんね。タラッタ国は温かいと聞きます。こちらはお寒いのではないですか?」
先導していたフィデリアが振り返り、長身を少し折るようにしてメラニーをのぞきこむ。
北方に位置するベスティア国は、確かにタラッタ国より温度が低い。現在は夏だが、冬になると雪が降るのだという。
「いいえ。大丈夫です」
メラニーは慌てて首を横に振った。そんなことで手を煩わせてはいけない。しっかりしなければと背筋を伸ばす。
「そうですか。念のため後でショールと毛布を持ってこさせます」
金色の瞳を心配そうにきゅっと細め、扉の前で歩みを止めた。よく見ると彼女の首元の毛は羽毛で、飾りではなく直接生えていた。
「こちらです」
(うわぁ)
外観とは違い、案内された部屋は素敵だった。中央には大きな暖炉。落ち着いた家具と、温もりのある色合いの調度品。
「もともと保護施設ですので一部屋はあまり大きくなくて申し訳ありません。その代り複数の部屋を用意していますので、ご随意にお使いください」
「え?」
(保護施設?)
思わぬ単語に、つい聞き返してしまった。フィデリアの丸い目がさらに丸くなる。
「ご存知なかったのですか? 我が国の後宮は、現国王陛下の祖父にあたる前国王の代に起こった種族大戦で夫を失った女たちの保護施設だったのです」
種族大戦。それはエレンホス国とベスティア国が主となって起こした大戦である。
謂れのない偏見で迫害、弾圧された獣人族が決起。ベスティア国を核として、同じく冷遇されていたドワーフ族、巨人族と共に亜人同盟を組み、エレンホス国を筆頭に、世界の大多数を占める人族連合国陣営と種族大戦を開戦。二十三年の月日を経て、四十五年前に講和条約の締結にて終結した。
「保護施設としての役割は、彼女たちの子供が成長することでなくなりました。現在は王と王族の居住御殿として使用しておりますが、陛下に兄弟はおられません。陛下とメラニー王女殿下だけの住まいとなります」
(ええっ? それって)
「あの、それでは側妃さまは?」
「おられません」
恐る恐る聞いてみると、軍人らしいきっぱりとした返答があった。
「それでは、どうぞごゆるりとおくつろぎを。自分たちは扉の前で待機していますので、何かありましたら遠慮なく声をかけてください」
「ありがとうございます」
静かに扉が閉まった途端に、ずっとしおらしく黙ってひかえていた侍女たちが態度を戻した。
「見た? さっきの女騎士の首」
「見たわ。鳥の羽よね? あの女の親は鳥と交わったの? 気持ち悪い」
「ねぇ?」
くすくすくす。
侍女たちの目が三日月のようになる。
義母と義姉たちに追従して、侍女たちもメラニーを嫌っている。それだけではなくメラニーを虐げれば虐げるほど義母たちの覚えがいいため、率先して虐めていた。
「そ、それは違います。獣人族の身体的特徴は神獣の加護で……」
「あら。魔女が獣をかばってるわよ」
獣人族が動物と人族との交配した種族というのは誤りだと、道中で頭に叩き込んだ歴史書に記述されていた。
「本当です。ほら、ここにちゃんと書いて……あっ」
無知は偏見を生む。真実を知らなかったメラニーが後宮を誤解していたように。
真実を知らせようとしたメラニーは、侍女に歴史書を叩き落とされた。
「生意気に歴史書なんて引っ張り出して。今まで見たことなんてない癖に」
「それは今まで読ませてもらえなかったからで」
「陛下の方針に文句を言うの? 王女らしい扱いされたからって調子に乗ってるんじゃない?」
「違います。文句だなんてとんでもありません」
「文句じゃないならなんだって言うのよ」
「申し訳ありません」
うつむき、唇をかんだ。メラニーは彼女たちに口答えは許されていない。
「それよりあなたの旦那。獣そのものじゃない」
「側妃がいなくて良かったわねー。あの獣を独り占めよ」
「臭い。汚ぁい。あなたにはお似合いよね」
瞬間、かあっと血が上った。メラニーの怒りに呼応して、ゆらりと空気が歪む。
「レイナルドさまは美しく誇り高い獣人です! 外見だって中身だって、あなたたちの方がよほど醜くて汚くて、臭いです!」
叫んだ途端、部屋の中を嵐が吹き荒れた。
テーブルの上の花瓶が倒れ、テーブルクロスやベッドのシーツが舞う。
侍女たちは悲鳴を上げて床に突っ伏した。
「メラニー王女!」
「あっ……」
勢いよく開いた扉から、駆け込んできたレイナルドを見て、昇っていた血が一気に落ちた。
(やってしまった。おしまいだわ)
レイナルドは床に伏せる侍女たちに鋭い視線を投げてから、蒼白になったメラニーに向かってくる。
「っごめんなさい」
「触れるご無礼をお許しください」
ぎゅうっと目をつむったメラニーは、柔らかく温かなものに包まれた。




