虐げられた魔女の娘
今日は何を言いつけられるのだろう。
メラニーはびくびくしながら、義母と姉の前にひざまずいていた。
義母や姉たちの、突然の呼び出しはよくあることだ。
あれを持って来なさい。
ここが汚れていたから拭いて。
これを運んで。
毎日様々な雑用を言いつけられるのが、メラニーの日常だから。
骨が浮き出るほど細い手足。侍女と同じ黒のお仕着せ。艶のない髪と肌。おどおどと伏せられたままの目。あかぎれだらけの指先。
タラッタ国の第四王女メラニー。
肩書で言えば王族であるが、誰一人王女だとは思わない見た目だった。
「メラニー。あなたベラドンナの代わりにベスティア国王に嫁ぎなさい」
「え?」
義母に言われたことが分からなくて、メラニーはぽかんと口を開けた。
(お姉さまの代わりに、私みたいな魔女が王様と結婚?)
自分などを他国へ嫁に出すわけがない。聞き間違いか何かだと思ったが、何と聞き間違えたのかも分からない。
「いつまで呆けているの。意味が分からなかったの? これだからウスノロは」
いつまでたっても口を開けたまままのメラニーに、義母が美しく整えた眉をつり上げる。
「すみません」
いけない。
反射的にメラニーは床に手をつくと、額がつきそうなほど頭を下げた。
「流れ着いた異国の女なんかが、恐れ多くも陛下をたぶらかして。こんなゴミを残して死んでしまうなんて。この黒髪。黒目。忌まわしいったらない」
反応するのが遅すぎたのが、気に食わなかったらしい。髪を引っ張られて強制的に顔を上げさせられる。
にじんだ涙の向こうで、義母とその横で嗤う姉が歪んで映った。
(忌み子の私が悪く言われるのは仕方ない。愛されないのも。でも)
生まれた時から義母に疎まれ、姉や妹に見下され、父親からはいないものとされてきた。王女どころか奴隷と同じ扱いを受けている。それを不満に思ったことはないけれど。
実母が悪く言われるのは哀しくて、胸が痛い。
「痛っ」
「きゃあっ」
突如発生したつむじ風が、義母と姉を包む。驚いた義母に突き飛ばされて、メラニーは絨毯の上に転がりながら、心の中で呼びかける。
(駄目!)
すると嘘のようにつむじ風は消えた。
「もうっ。私の髪がぐちゃぐちゃ。どうしてくれるのよ」
「ドレスが台無しだわ。これだから呪われた災禍の魔女は! 本当に不吉だわ。同盟強化のための結婚の打診が、二国から来てなければ、お前なんて嫁に出さないのに!」
乱れた髪やドレスを直しながら、義母と姉が金切り声を上げた。
「まあまあ、お母さま。この穀潰しがやっと役に立つのだもの。許してやりましょうよ」
「まあ、ベラドンナ。なんて優しいのかしら」
髪を整え終えた姉が妖艶に微笑むと、義母の表情が甘くどろりととける。
「そうだ。お母さま。結婚相手の絵姿を見せてやりましょうよ。きっと泣いて喜ぶわよ」
「ああ。そうだったわ。ふふふ」
二人の視線にたっぷりと濃い愉悦の色がのる。机の上にあった釣書をとり、義母がゆっくりと、絨毯の上にへたり込んだままのメラニーの鼻先に突き出した。
「どう? メラニー。お相手の顔は」
メラニーは言葉を失った。ただ、食い入るように釣書の絵姿を見つめる。
腰から上までが描かれた絵姿は、人ではなかった。
長く真っ白な体毛に黒い斑紋。少し倒れた丸い耳。肩の後ろから覗く、ふさふさとした尾。透き通った灰黄色の瞳がこちらを見つめている。
(そうだった。ベスティアは獣人族の国。だからお姉さまはわたしに譲って下さったのね)
義母と姉たちは獣人差別が酷い。蔑み、嫌っていた。上二人の姉は既婚で、妹は幼い。適齢なのはベラドンナとメラニーだけだ。
となると、二人をどちらの国に嫁がせるかになる。ベラドンナがどちらを選ぶのかは明白だった。
「獣臭い野蛮な国って聞いていたけれど、現王は特にその血が濃いようね」
「くすくすくす。貴女にはお似合いよ」
無言で固まるメラニーに、二人が満面の笑みになったが目に入らない。音さえ消えて、絵姿に意識が吸い寄せられた。
(格好いい)
柔らかそうな美しい毛並み。気品に満ちた顔立ち。礼装にも負けない存在感。何もかもが恰好よかった。
「ほら、こっちが私のお相手よ。神聖国エレンホスの王太子殿下。なんて麗しい方なの」
もう一つの釣書が差し出され、ちらりと目線を移す。
釣書には、金髪と青い瞳の見目麗しい青年が描かれていた。こちらに向けられた、きらきらとした笑顔がなんだか薄っぺらく感じる。姉が褒めそやしている容姿も、不思議にくすんで見えた。
「陛下も同意されているわ。これは決定事項よ」
「陛下も……」
愉悦を含んだ義母の命令に、メラニーは上の空で返事をした。
(私なんかが、こんなに素敵な人の妻になってもいいのかしら)
ずっと義母や姉たちの使用人としての生活が続くと思っていたのに。他国の王、それも美しく気高そうな人と結婚できるとは思ってもいなかった。
してはいけないのに、喜びと期待に高鳴る胸を、メラニーはぎゅっと押さえた。




