1話
ケータイから甲高い電子音が鳴った。
ベッドから落ちかけていた体を伸ばし、サイドテーブルの上の携帯電話を開いた。
「もう、朝だね・・・」
起き上がる動きで体に乗っていた薄いシーツがめくれ上がった。
「朝ごはん、冷蔵庫に入れてあるよ」
「わかった、ありがとう。出してくるね。」
少し眠い声が足音ともに、シンクの方に遠ざかっていた。
携帯電話の鈍い画面を薄っすらと眺めていながら着信を触っていた。
休みなのに着信があったか気になって仕方ない。
窓からの太陽の差し込みで画面が見づらいので、体の向きを変えると、ベッドから転げ落ちた。
シーツも引っ張られて落ちて、体に巻き付いた。
落ちた弾みで、携帯電話が手元から離れて、床をくるくると滑って行った。
「何してるの?」
朝食を皿に載せて両手に持ちながら、見下された。
「いや・・・、ベッドが狭すぎた。」
「そんな事あるわけないじゃん。いつも落ちないのに。」
手に持った皿をサイドテーブルに置くと、床に座った。
倒れた体を起こし、置かれた朝食に向かい合った。
「ありがと。」
「先に用意してくれたおかげよ。」
滑っていった携帯電話を取ってもらい、受け取るとサイドテーブルに置いた。
そのまま朝食が乗った更に向かい合い、更に乗ったフォークを手にとった。
「ハムエッグもつけてくれたんだ。」
「見るまでフレンチトーストを漬け込んでるってわからなかったから、一緒に作ったわよ。」
「へぇ、まるでホテルの朝食みたい。」
フォークを手に取り、自分が漬け込んだフレンチトーストよりも先にハムエッグを切って食べた。
じわっと口の中に、黄身とハムの塩気が広がった。
「お茶、取ってこなきゃ。」
ゆっくり立ち上がると、軽く肩に手を置いて支えたようなような仕草をして、冷蔵庫に向かって歩いた。
冷蔵庫から一晩つけていた水出し紅茶が入ったプラスチックのポットを取り出した。
振り向きざまに、空いた手にコップを2つもって、サイドテーブルに戻ってきた。
コップをサイドテーブルに置くと、水出し紅茶をなみなみと注いだ。
ゆらゆらとコップの中で揺らめき、窓からの光をゆっくりと反射していた。
「ありがと。」
軽く頷くだけで、返事を返さずに座った。
さっくりと焼き上げたフレンチトーストにフォークを入れ、小さな正方形に切り取って、口に運んだ。
じっと、ハムエッグの横の千切りサラダを見つめながら、フォークで刺した。
刺しては口に運び、刺しては口に運び、黙々と食べ続けた。
ふと隣に顔を向けると、一口も食べずにこちらをずっと見ていた。
「なに?」
「うん?ウン、ふふふ~。」
そう言うと、顔を見ながら笑い出した。
「何があったの?」
「ううん。まつ毛長いなぁって。」
「まつ毛?」
そう言われると、うんと頷いた。
「ずっと思ってたんだ。横から見てたり、近づいて見てたり。」
「一体どこ見てるんだ。」
「それでね、まつげ長いなぁ、って思ってたんだけどね。」
そう言うと、フォークを手に取り、フレンチトーストを切って口に運んだ。
「明るいとわかりやすね。やっぱり、まつげ長いなぁ。」
そう言うと、ニコニコ朝食を食べだした。
「いや、まつげと朝食、関係ないだろ・・・」
「うん、関係ないけど、良いなぁって思う。目がはっきり見えるから、羨ましい。」
そう言われると、すっかりと食べ終わってしまった皿をフォークでつついた。
1/3まで減ったコップに、水出し紅茶をなみなみと注ぐと、ベッドにもたれかかった。
じっと天井をみていると、隣に倒れかかって抱きついてきた。
「近くから見るとわかる。ほんとにまつ毛長い。」
「まつげねえ。」
「ねえ?知ってる?」
「なに?」
「ポートレートって、まつげにピントを合わせるんだって。」
そう言うと、右手を伸ばし、頬に手を置いて、親指で軽くまつげをなでた。
「へえ、そうなんだ。」
「なに?その知ってるよ、って顔。」
そう言われると、クスクスと笑い、サイドテーブルの携帯電話を手にとった。
携帯電話には、多くの写真を撮りためていた。
「あ、この写真消してって言ったじゃない。」
携帯電話を取り上げられそうになったが、体をそらして阻止した。
「ちょっと、まつげにピントが合ってる写真をさがしてるんだから。」
「って、それ、全部私が写ってる写真じゃない。」
お互いに、携帯電話を取ろう、取られないよう、腕を動かしあった。
窓から差し込む光と熱で、肌がむき出しの腕や顔に汗が滲んできた。
次第に、激しく動かし合う二人の肌が吸い付き合い、動きが変になっていった。
その思い通りにならない動きに、ふたりとも笑い出した。
携帯電話を枕元に放り出すと、体を覆いかぶさるように起こした。
下からじっと見上げる視線に、ゆっくりと見返した。
「私のピントは、ずっとあなたに合ってるんだよ。」
そう言うと下から首に抱きついた。
抱きつかれた重みで、ベッドの角に体が押し込まれた。
ゆっくりと温度が上がっていく室内は、二人が一つになる時間をどんどんと伸ばしていった。